魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
リコの異変を見たモフルンが、彼女を下から見上げていった。そんなことを言われると、リコはつい意地になってしまった。
「ここまできて戻れるわけないでしょ!」
リコも小百合と同じように一人で闇の結晶を探したが、なかなか闇の結晶を見つけられないで箒で駆け回っていた。しばらくそんな時間が続き、小さな無人島でリコはようやく一つの闇の結晶を見つけることが出来た。
「あったわ」リコは黒い塊をしっかり握ってその手を胸に当てた。結晶を一つ見つけたところで、リコの心は何も変わらない。死んだように眠っているみらいが思いだされて、その不吉な映像を頭を振って追い出した。
「ロキ様はプリキュアなど探しても無駄だと言った。変身できないから外になんて出てこないという御考えだろうが、人間っていうのはそんな単純じゃあない。だからこそだ、だからこそ今探すんだ」
白猫フェンリルがヨクバールの上に座る姿は優雅で、まるで空の散歩を楽しんででもいるようだ。彼女は今まで人間の書いた本を読みあさり、リリアの愛の論理に触れて、人間への理解をかなりのところまで深めていた。フェンリルは自分の頭の中で今まで本から得た知識を突き合わせて思考した。
「人間は予想もしない行動をする時がある。とくに親や兄弟、仲の良い友人、こういうのがいなくなったり倒れたりした時に、人間は理解の範囲をこえた行動をとる。わたしが今まで読んだ本の中にはそういう人間が山ほどいた。恐らくこれは真実だ。いまがプリキュアを潰すチャンスなんだ」
ヨクバールが厚い雲の中に突っ込み、フェンリルの視界が白く煙る。強靭な翼のはばたきが雲を押しのけ吹き飛ばし、巨体が細く雲を引いて陽光を返してくる海上に出てきた。ドラゴンの首の付け根から下を覗き込んだフェンリルは会心の笑みを浮かべた。
「ビンゴ」フェンリルの視線の斜め下、海面に近い低空をリコが飛んでいた。
突然リコの上に大きな影が落ちてきて辺りが暗くなる。リコがはっと上を見上げると、こちらを見おろしているフェンリルのオッドアイと視線があった。
「いよう、散歩するには良い日和だねぇ」
「そんな、ヨクバール!!?」
リコは一瞬、深く絶望した表情を浮かべてから。すぐに前を見て箒の速度を上げた。
「おやおや、つれないね!」
アイスドラゴンから変態したこのヨクバールなら、リコに追いつくのは簡単なことだった。しかし、フェンリルはわざとリコを先に行かせて後ろから言った。
「お友達が倒れてるっていうのに、こんなところで散歩なんてのんきだねぇっ!」
フェンリルの言葉が必死に逃げるリコの胸を傷つける。さらにフェンリルはオッドアイを細く狂暴に輝かせて言った。
「お友達が目覚めた時には、あんたはもうこの世にはいないんだ。可哀そうにねぇ」
リコの全身に怖気が走り、箒を持つ手に必要以上の力が入った。
その時、たまたま通りかかった小百合が雲の間に隠れて追われているリコを見おろしていた。
「敵に見つかってしまったのね。とても逃げきれない、リコはもう終わりだわ」
「小百合、リコを助けないデビ?」
「助けるなんて自殺行為だわ。いったらわたしまで一緒にやられてしまう」
リリンは悲しそうな目でポシェットから小百合を見上げていた。
「リコはわたしの敵、そうよ時には非情になる事が必要なのよ」
小百合がフレイアの言葉を反芻(はんすう)してみると、小百合の胸には明らかに嫌なわだかまりが出来ていた。それと同時にベッドで眠っている親友の顔が思いだされた。
「ヨクバール、攻撃しろ、かるーくな」
「ヨクバール!」
フェンリルの命令で竜の骸骨の仮面があぎとを開き冷気を吐き出す。それがリコの背後から吹き付けてきた。寒さに震え、苦しそうにな顔のリコを見て、モフルンは目に涙を浮かべていた。
「リンクルストーン! リコを助けてモフ!」
モフルンが祈るような気持でリンクルストーンダイヤを見つめる。何も起こらなかった。それでもモフルンは目を閉じて念じているようだった。リコは寒さに耐えながらそんなモフルンを見て思った。
――無理だわ、リンクルストーンはみらいがいないと反応しない。このままじゃモフルンまで一緒に……。
リコは自分のことよりも、モフルンの事を考えてたまらない気持ちになった。自分の軽はずみな行動が、みらいから大切な家族を奪ってしまうかもしれない。もし、みらいが気づいた時にモフルンがいなくなっていたらどんな気持ちになるだろう。容赦ない冷気が、そう考えているリコの体から感覚を奪っていく。
リコは追われながらある島の上空に入り、島の中心にある大きな湖の上を飛んでいく。リコは逃げるのに必死で自分がどこを飛んでいるかなどわからなかった。そして、リコが湖を越えて森の上に差しかかった時にフェンリルは言った。
「遊びは終わりだ。やれ、ヨクバール」
ヨクバールが吠えて巨大な翼を羽ばたかせる。そこから起こった旋風が振り向いたリコに襲い掛かった。吹き飛ばされた少女の体は箒と分離して宙に投げ出された。フェンリルはその姿に満足した残酷な笑みを浮かべた。
「プリキュア、終了のお知らせ」
リコは自分の体が落ちていく速度がひどくゆっくりに感じた。さらにゆっくり落ちている自分のとんがり帽子が視界の中で泳いでいる。同時に瞬間に様々な記憶が巡り、誰かに助けを求めるように空に手を泳がせた。
「リコ、諦めちゃだめモフ―ッ!!」
必死に叫ぶモフルンの声も、リコには届いていなかった。
――わたし、ここでおしまいなの? お父様、お母様、お姉ちゃん、
リコの目からあふれた涙が散ってダイヤのように輝く。彼女はその人が目の前にいるかのように精いっぱい手を伸ばした。
「みらい―――っ!!」
その瞬間、リコは確かに伸ばした手に温もりを感じた。それは紛れもなく現実的な感触だった。リコは自分の手をしっかりと握っている感触の先に、あるはずのない親友の姿を描いた。見上げたリコに瞳には、別の意味で信じられない少女の姿が映っていた。
「小百合……」
箒の上からリコの手を掴んでいた小百合は、自分がやらかした愚かな行為に苦しめられて険しい顔をしていた。彼女が箒を森に向かって急降下させると、リコは浮力を得てうまく小百合の後ろに乗ることができた。その救出劇を見ていたフェンリルはあまりの出来事に唖然としてしまった。
「……おい、何だこれは? 夢じゃないのか?」
フェンリルが突然口を歪めて狂気的に笑いだす。
「もう一方のプリキュアも現れやがった! いいぞ、最高だ! こりゃ飛んで火にいる夏の虫、いやそんなもんじゃあない。狼の口に自から飛び込んできた獲物だ! アッハハハハハ!!」
フェンリルの痛快な笑い声が湖の上に響き渡る。
「ロキ様お喜びください! プリキュアは今日ここで終わります!」
フェンリルが上空から少女二人の姿を求めて森に近づいていく。リコと小百合は大木の陰に隠れていた。
「小百合、リコを助けてくれてありがとうモフ!」
驚きのあまり言葉がでないリコに代わってモフルンが言った。小百合が何も言わないで上ばかり見ていると、リリンが代わりにしゃべった。
「小百合は、どういたしまして、気にしないでって思ってるデビ」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ