魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
遠い昔のお話し。闇とまみえた校長を数多くの魔法つかいが待ちかねていた。校長が魔法陣の上に姿を現すと待ちきれずに何人かが駆け寄ってきた。
「校長先生、いかがでしたか?」
「ここから先へは行ってはならぬ」
魔法図書館の奥の奥、本棚に囲まれた薄暗い場所で校長を囲む魔法つかいたちが沈黙した。図書館の荘厳な空気も手伝って、異常に重い雰囲気になっていた。
「それはどういうことですか?」
一人の魔法使いがようやく重い口を開いた。
「あの場所には何かがある、危険じゃ。ここから先へ行くことは禁ずる」
「そんなバカな!」
その魔法つかいが吐き捨てるように言うと、別の一人の魔法使いが校長に迫っていった。
「校長先生、これだけの魔法使いがいるんです。多少の危険など問題になりませんよ。あなたは分かっているはずだ、この先にある物の価値が! 未だ知られざる魔法界の歴史が分かるかもしれないのです! それを目の前にして行くなとはあんまりだ!」
「まさか校長は、この貴重な発見を自分一人のものにしようというのでは?」
さらに別の魔法使いが心無い言葉を吐き出す。それを皮切りに魔法つかい達は口々に叫んだ。彼らは校長に怒りの言葉をぶつけ、丁寧な言葉で説得しようとする者もいれば、泣きながら懇願(こんがん)するものもいた。
「ならぬ!!」
校長は野鳥の群れが騒ぐような魔法つかいたちを一言で一蹴した。魔法つかい達は黙ったが、誰もが校長を恨むような目で見ていた。校長はその時に見た彼らの顔が忘れられなかった。
たった一人の足音が薄暗い図書館に響いていく。周りに無数にある巨大な本棚が時々動いて校長を惑わそうとする。校長はこの本棚の動きに規則性があることを知っていた。彼は現在の魔法界で魔法図書館の最奥に到達できるたった一人の人間だった。
――わしが魔法図書館の扉を封印すると知った彼らは、あの場所へと行ってしまった。そして、一人として生きて帰ることができなかった。
校長は立ち止まり、目を閉じて犠牲になったかつての同志を悼(いた)んだ。そして校長が開いたグリーンの瞳の底には悲しみが沈み込んでいた。
「わし自ら封じた禁忌(きんき)を、自ら冒そうとしているとは皮肉なものだ」
魔法図書館の最奥に行くには、丸三日は歩かなければならない。それ程に深く広い場所だった。校長は常識では考えられない胆力でまったくペースを落とさずに歩き続けた。そして、何ごともなくたどり着く、かつて歴史の真実を求め、同士とたもとを別った場所へ。ここまでくると動く本棚は存在せず、その代わりとでも言うように明かりも一切なくなる。魔法図書館は奥へ行くほどに闇が深くなっていくのだ。校長の杖の先には強い光源があり、あたりをくっきりと白く照らし出す。闇の中に校長が生み出す光の空間には望まれざる人間のような異物感があった。校長が杖を高く上げると光の範囲が広がった。そこには上が見えないほど高い本棚がいくつも並んで大きな円になっていた。ひとつの本棚に白い物が寄りかかっていた。校長はそれに近づき、ひざを付いてそれと同じ目線になった。それがかぶっている半分崩れているとんがり帽子を取ると、少し黄ばんだ白色のドクロが現れる。ボロ布になっているローブで全身はほとんど見えず、指が半分崩れている白骨の手元には半分に折れた杖が転がっていた。
「戦わずに逃げていれば、死ぬこともなかったであろうに……」
しかし、彼らはそれが出来なかった。校長には散っていった者たちの気持がよくわかる。知識は魔法つかいにとっては、何物にも勝る至宝なのだ。彼らは歴史の真実の探求の為に、勇気をふるい、勇敢に戦った。そして、それが最悪の結果をもたらしてしまった。
「魔法つかいの悲しき性(さが)じゃのう」
校長は目を閉じて胸で手刀を立てると、目の前の遺体に祈りを与えた。次に目を開けた時、校長の顔つきが変わった。生徒たちを愛する心が戦いへの意思と直結してグリーンの瞳に激しい光が燃え上がった。彼は立ち上がり、杖を高く呪文を唱えた。
「キュアップ・ラパパ! 扉よ開きたまえ!」
校長の杖の光の強さが増すと、それに答えるように本棚に囲われた円の中に桃色の魔法陣が現れる。五芒星の外側に五つのハートマークが並ぶ、彼が良く知る魔法陣。伝説の魔法つかいを象徴する魔法陣だ。校長が歩み、魔法陣の中央に立つと彼の姿は消えた。
瞬間的に、校長は別の場所に移動していた。彼の足元には先ほどと変わらず、伝説の魔法つかいを示す魔法陣が花のような輝きを放っている。そこは天上が高い円筒形の部屋で、唯一ある奥へ続く出入り口がぽっかりと闇色のアーチの口を開けていた。校長は華やかな光の世界から薄暗い闇の世界へと足を踏み入れた。
真の闇へと続く廊下にはささやかな光源がある。淡く光る球が天井近くで等間隔に浮いていた。その廊下は長くはない。校長はすぐに闇を抱くアーチ型の門の前で二人の魔法使いの遺体を見つけた。一人は壁に寄りかかってうなだれ、一人は門から少し離れたところで助けを求めるように白い骨の手を伸ばしていた。校長は死体を越えてかつて見た闇の前に立った。瞬間、嵐のごとき強風があって校長の銀髪や深緑のマントを激しく翻弄した。この閉鎖された空間ではあり得ない現象だった。そして以前感じた以上に凄まじい拒絶の意思。
――こないで!!
校長は目を見開いた。校長の頭の中に、悲鳴をあげるような、悲愴な響きを持った女の子の声が聞こえた。二人が同時に声を発したような、重複した響きだった。
「わしは行かねばならぬ、生徒たちのために!」
校長の杖に強い光が灯る。しかし、先にある闇はその光を食い尽くしているかのように晴れなかった。明らかに異常な闇だ。
「この程度の光ではダメか。ならば、キュアップ・ラパパ! 光よ照らしたまえ!」
杖の先に球体の白い光が現れ、校長はそれを深い闇の中に放った。それは闇を裂いて高く上がり、そしてそこに太陽が現れたかのように白い光を放った。闇が一気に晴れて室内があらわとなった。
「ああ……」
机の上の水晶に影の魔女が現れ、すすり泣きを始める。リズはそれをこれ以上ない恐怖とでもいう目で見つめた。
「どうしたというの?」
水晶はすすり泣くばかりで、なかなか言葉が紡がれなかった。そんな水晶を見れば、校長の身によくない事が起こっていると嫌でもわかる。
「魔法界の古き礎が崩れ去り、新たな礎が生まれるとお告げが……」
それを告げた後も水晶は泣き続けていた。リズはあまりに絶望的なお告げに声も出せずに顔を歪めていたが、すぐに気を静めた。彼女は自分でも信じられないくらいに冷静になっていた。
「水晶よ、泣くのはおやめなさい。校長先生は必ずお帰りになります」
「……わたくしは確信しましたわ。魔法界の新たな礎とはあなたのことですわ、リズ先生」
そう言う水晶にリズが予言のように確信的に告げた。
「校長先生は必ずお戻りになります。生徒をおいていくような方ではないわ。わたしたちは校長先生がお戻りになるまで、やるべきことをしましょう」
リズは水晶を片手に持って立ち上がった。
「何をするつもりなのです?」
「教室を見回ります。生徒たちを安心させたいんです」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ