魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
小百合の中に恐ろしい記憶と音が蘇ってくる。迫りくる車のエンジン音、様々なものが壊され散り散りになる破壊音、人々の悲鳴と怒号が一塊になり、小百合はその中で立ち尽くしていた、何もできなかった。リリンはポシェットの中に入って穏やかな微笑を浮かべているだけだった。
小百合の瞳から涙が伝った。止めどなくあふれてくる涙を、小百合はどうしようもできなかった。リリンは右手で小百合の濡れた頬に触れた。
「ありがとう、リリン。お母さんが亡くなったのは悲しいけれど、あなたとこうしてお話しできるのが本当に嬉しい。この奇跡を与えてくれた魔法に心から感謝しているわ」
「大丈夫だよ、きっと取り戻せる」
ラナが言うと、小百合は涙を拭いて頷く。
「リリンはお母さんとお話がしたいデビ」
「フレイア様はきっと願いを叶えて下さる。必ずお母さんを取り戻すわ」
三人の思いは今一つになっていた。
「ラナ、もう行くわよ! 早くしないと学校に遅れるわ!」
「は〜い」
翌朝、ラナと小百合は一緒の制服を着て屋敷を出ると、二人並んでレンガ道を歩いた。ラナは初登校に浮かれてスキップしている。そんな少女たちの様子を屋敷の当主である聖沢清史郎は書斎の窓から見つめていた。そのすぐ近くに執事の喜一が立っていて、彼はどこか嬉しそうな顔をしていた。
登校の道すがら、ラナは愉快そうに小百合に話をした。
「昨日、小百合がいないときに霊なんとか師っていうのが来てね、おもしろいこというんだよ」
そしてラナは、昨日来た霊媒師の真似をして、尊大すぎる威厳と強烈な怪しさと嘘くささを可能な限り力を尽くして表現しながら言った。
「この屋敷には無数の悪霊が住み着いておる! すぐに除霊しなければ、末代までたたられることになろうぞ! だって! 全部魔法の力なのに、笑っちゃうよね〜」
「ほんと、そんなんで高いお金取るなんて、いい加減な商売よね……って、あんたのせいでそんな騒ぎになったんでしょ! 少しは反省しなさい!」
小百合が本気で怒ったので、ラナはしゅんとなって言った。
「ごめんなさぁい」
どう見ても外国人の美少女のラナと容姿端麗な大和撫子(やまどなでしこ)の小百合が並んで歩く姿はかなり目立つ。聖ユーディア学園に登校する生徒のほとんどが、振り返って彼女たちを見ていた。
朝のホームルームが始まる前、小百合は教室の一番後ろの窓際の席で参考書を開いていた。いまだに友達は一人もいない。母親を亡くしたばかりで心の整理もつかないうちにクラスメイトと楽しくおしゃべりなど考えることもできなかったし、心配されたり憐れんだりされるのも嫌だったので孤独を通していた。
「今日さ、転校生来るんだって、外国人らしいよ」
「マジで!?」
教室の中はそんな会話で持ち切りだ。小百合は黙って数学の参考書を見ている。祖父が何らかの方法でラナをこの学校に入れたのなら、自分と同じクラスになる可能性が高いと思っていたので、そんな噂には驚かなかった。それよりも、あの祖父がラナの願いを聞き入れたばかりでなく、こんなにも早く手を回した事と、ラナをこの学校にどういう方法で入れたのかが気になってしょうがなかった。
教室のドアが開いて、メガネをかけた大人しそうな女性教師とラナが入ってきた。ラナはレモンブロンドのポニーテールを揺らしながら先生の後について歩いていた。途端に教室内が騒めく。そこらじゅうから可愛いという声が聞こえてくる。女生徒のほとんどは、子犬か子猫でも愛でるような調子の声をあげていた。
ラナは青い瞳を輝かせながら教室中を見て、小百合の姿に気づくと満面の笑みで両手を振りまくる。自然とクラスメイトの視線が小百合に集まった。小百合は顔を引きつらせて視線をそらした。
「恥ずかしいからやめてよね」
小百合は周りの視線を感じながら小声で言った。
「みなさんに紹介します、転校生の夕凪ラナさんです。夕凪さん、みんなに自己紹介して下さい」
「はい!」
教壇に立った先生が言うと、ラナは右手を上げてから黄色いチョークを取って豪快に自分の名前を書き始めた。先生も生徒も唖然となり、小百合は引きつった顔のまま後悔の念を抱く。
――しまった、名前の書き方教えておくんだった。
黒板いっぱいにひらがなの苗字とカタカナの名前が並んだ。しかもなぜか色が黄色である。
「ゆうなぎラナです、よろしくね!」
既に衝撃的になっている自己紹介で、驚嘆(かんたん)のために教室は静まり返っていた。しかし、これはまだ序の口であった。小百合の中では嫌な予感が竜巻のごとく渦巻いていた。
「ゆ、夕凪さんは、聖沢さんの家から学校に通っているそうです」
先生が余計なことをいって、教室が再び騒めく。小百合は頭痛がしてきた。しかし、その程度では終わらなかった。ラナが元気いっぱいに話し始める。
「小百合とはとっても仲良しなんだよ! 部屋も一緒だし、寝る時も一緒なの! いつもとっても優しいんだよ!」
聞き方によってはあらぬことを想像してしまうその発言で、教室中から嬌然(きょうぜん)とした声が上がった。女生徒の声など悲鳴に近かった。一方、男子生徒は想像して声も出ない者の方が多い。年頃の男子に美少女二人が一緒に寝ている姿というのは刺激が強すぎた。その中で小百合は毅然(きぜん)とした態度をとっていた。顔はこわばって内心は焦っていたが、何でもないと言わんばかりに冷静さを装った。変に取り乱すと余計に怪しく思われるからであった。
「み、みなさんお静かに!」
そういう先生も取り乱していた。先生は少しずれたメガネを元の位置に戻してからいった。
「それじゃ、夕凪さんの席は……」
「はい、小百合の隣がいいです!」
「そうね、じゃあ聖沢さんの隣で」
このやり取りで小百合とラナの関係に対するクラスメイトのイメージが百合属性に固定されてしまった。ラナが隣の席に座ると、小百合はラナを心底燃える怒りをもって睨み付ける。ラナは意味が分からず唖然としてしまった。
休み時間になった瞬間に、小百合はラナの机を叩いていった。
「あんたは何もいわないで、わたしが全部答えるから」
「え?」
ラナには意味が分からなかったが、数秒後にその答えがやってきた。あれよという間に二人の周りにクラスメイトが集まって人の垣根ができた。そして、二人は質問攻めにされた。複数の生徒が同時に質問するので、何を言っているのか分からないくらいであった。
「ちょっと待って! それじゃ答えようがないわ、一人ずつ質問してちょうだい」
小百合の声と言葉が、クラスメイト達の耳に清新(せいしん)に聞こえた。小百合がクラスメイトとまともに会話をしたのは、これが初めてだったからだ。
「じゃあわたしからね」
栗色の髪をツインテールにした少女が手をあげた。
「二人はどういう関係なの?」
「この子はお爺様の友人の娘で、理由があって少しの間預かっているのよ」
「何で二人で一緒に寝てるの?」
ツインテールの少女の直球な質問に、小百合は少し答えに窮(きゅう)した。
「……部屋が狭いからよ」
「うっそだぁ、お城みたいな家で部屋なんていーっぱいあるじゃん」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ