魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
「そういう感覚が全くない人もいるのね……」
小百合がラナを横に見ながら言った。
それからまた楽しいひと時が始まる。少女たちはまたしばらくおしゃべりしていたが、話が途切れて沈黙が訪れる瞬間があり、その時に香織が内なる決意を表す強い表情になっていった。
「ずっと気になってたんだけれど、聖沢さんのあの噂って本当なの? その、お母さんがつい最近亡くなったっていう……」
「それは本当のことよ」
小百合は穏やかに答えた。亡くなった母のことに触れられても、不思議と嫌だという気持ちはなかった。
「良かったら、お線香あげさせてもらってもいい?」
「わたしたちも」
海咲と由華が小百合を見つめる。小百合は黙って頷いてみんなを生前母が使っていた部屋に案内した。
由華も海咲も香織も、しばらく仏壇の前で手を合わせていた。三人の少女たちは後ろに座っていた小百合とラナの方に振り返る。香織が涙を零している姿を見て、小百合は胸が締め付けられるような、温められるような、不思議な感じを覚えた。香織は涙を零しながら言った。
「お母さんがいなくなったらどんなに悲しいだろうって何度も考えてみたけど、そんなこと想像することもできなかった。聖沢さんはわたしには及びもつかない悲しみや苦しみを耐えて生きているんだって思うと心配でたまらなかったわ。こんなわたしでも、少しくらいは聖沢さんの支えになれるかもしれない、そうできたらいいなって、ずっと思ってたの」
海咲と由華にも同じような思いがある。二人の真剣な眼差しが、ものを言うよりも雄弁に語っていた。香織の言葉を聞き、海咲と由華の心を知ると、小百合は自分の愚かさを恥じて顔をうつむけ床を見つめた。
「……ごめんなさい。みんながこんなにわたしのことを思ってくれていたのに、わたしは心を閉ざして誰の気持ちも分かろうとはしなかった。本当に自分が恥ずかしいわ」
小百合は三人の前に手を出した。
「良かったら、ラナだけじゃなく、わたしとも友達になってほしいわ」
小百合の手に三人の少女の手が重なり、最後にラナの手が重なった。ラナがみんなに笑顔を振りまくと、他の少女たちの顔も自然と笑顔になっていった。
香織たちが帰って小百合とラナが自分たちの部屋に戻ると、リリンはベッドの上に口をへの字にして座っていた。可愛らしいぬいぐるみの表情は明らかに怒っている。それを見た小百合が言った。
「どうしたのリリン?」
「どうしたのじゃないデビ! リリンは一人でつまらなかったデビ!」
「ご、ごめんね、ちょっと友達が来てて」
「ずっとこの部屋に一人はもう嫌デビ! リリンはずっと小百合とラナと一緒にいたいデビ!」
「ほらほら、リリン、お土産にきれいなお菓子を持ってきたよ〜」
ラナが小さな子供をあやすような調子でいって、紙に包んである京の干菓子を出す。リリンはその中から桜の花の形をした小さな砂糖菓子をとって口に入れた。
「とっても甘くておいしいデビ。でも、こんなお菓子程度じゃリリンの怒りは収まらないデビ」
「どうしたら許してくれるの?」
小百合が言うと、リリンはへの字の口がにっこり微笑みになる。
「明日からリリンも小百合たちと一緒に学校にいくデビ」
「ちょ、ちょっと待って、それはだめよ! あなたのことが学校のみんなに知られたりしたら、どんな騒ぎになるか」
小百合が言うと、またリリンは不満げに口を結んで顔を怒らせる。
「どうしてデビ? 前はリリンを毎日学校につれていってくれたデビ」
「それは、ただのぬいぐるみだったからね……」
「いやデビ! いくデビ! リリンも学校にいきたいデビ! つれていってほしいデビ!」
リリンはベッドの上にうつ伏せに身を投げ出し、両手両足、黒い羽まで動かして暴れまくる。小百合は困り果ててしまった。一方、ラナは何やら楽しそうな顔をしていた。
「リリン、駄々っ子だね」
「困ったわねぇ……」
「連れて行ってくれないならいいデビ、リリンは公園にいって、みんなにこの姿を見てもらうデビ。そうしたら、きっとお友達もたくさんできて楽しくなるデビ」
「この子ったら、なんてとんでもない事をいいだすの!?」
「おお、おどしにきた! さすが悪魔だね!」
「どうするデビ?」
小百合は深いため息をつく。リリンの狡猾(こうかつ)さの前に、兜(かぶと)を脱ぐ以外にはなかった。
「わかったわ、わたしの負けよ。その代わり、絶対に誰にも見つからないようにしてね」
「やったデビ、嬉しいデビ〜、明日から小百合とラナと一緒に学校デビ!」
星形の肉球を見せながら万歳するリリンの前で小百合はまたため息をついた。ラナの転校に続き、悩みの種が増える一方であった。
翌朝、小百合はラナと一緒にいつものように登校する。小百合の鞄の中からリリンが顔をのぞかせているのも以前と変わらないが、そのリリンは前と違って自由に動いておしゃべりする。登校の間、リリンは鞄の中から外の様子を見て楽しそうに頷いていた。そんなリリンの耳に二人の声が届いてくる。
「ラナ、魔法つかい用語は禁止ね。もしまた魔法だの魔法界だの変なこといったら、もう学校には連れてこないからね」
「え〜、なんでそんなこというの?」
「フォローするわたしの身にもなってちょうだい。昨日ボロが出なかったのは奇跡だったわ」
「苦労かけますなぁ、おねいさん」
「わかってるなら、少しは考えて話しなさいよ! とにかく、魔法に関することは一切口にしないこと、いいわね!」
「わかった、お口にチャックしておく!」
「本当に魔法であんたの口をチャックにできたらどんなにいいかと思うわ。それと、授業中に居眠りするのも止めなさい。うちの学校で居眠りなんてしてるのはあんただけよ、本当にあり得ないわ」
「だって、眠くなっちゃうんだもん」
「それは授業に集中していないからよ! ちゃんと聞いてなさい!」
「はぁい……」
「それにしても、先生方は何であんたが寝ていても注意もしないのかしら? 不思議だわ」
リリンはそんな二人の何気ない会話を聞いているだけでも楽しかった。
朝のホームルームから一時間目の授業が始まるまで、小百合は後ろにある自分のロッカーを気にしては見ていた。リリンが動いているところを誰かに見られたらと思うと気が気ではない。リリンは鞄の中から顔を出した状態で大人しくしていた。やがて眼を閉じて眠っているような様子になった。小百合はひとまず安心して、英語の授業に集中した。小百合が勉強で発揮する集中力は半端なものではなく、一度スイッチが入ると周りのことなど気にならなくなる。先ほどまで気になって仕方がなかったリリンの事も、たちまち頭の片隅においやられた。
昼休みまでは何事もなく過ぎ去った。校庭の木陰で3人で昼食をとり、その後は学校内で闇の結晶探しを始める。
「ほら、あそこにあるよ、あの木の上の方!」
「あれじゃどうしようもないわね」
「わたしが箒に乗って取ってくるよ!」
「駄目よ学校内で箒なんて、目立ちすぎるわ」
「じゃあ、リリンがとってくるデビ」
「見つからないようにね」
「大丈夫デビ!」
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ