魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
微笑して礼をいうラナの顔を見て、小百合はどうしてか少し不安な気持ちになる。いまのラナの笑顔にはどこか暗い陰があるように感じた。
「……今回はたまたまうまくいったけれど、もうあんな戦い方はだめだからね」
「戦い方ってなに?」
いつの間にか近くに来ていた由華が二人に顔を近づけていた。きょとんとしているラナとは対照的に、小百合は焦っていた。
「た、戦い方っていうのはあれよ。あの、体育のバスケットボールがあったでしょ、その戦略みたいなのを話しあっていたのよ」
「なんだよ。つまんない話してないで、正義の魔法つかいのことを語ろうよ。いま一番ホットな話題だよ」
「そ、そうね……」
それから小百合はラナから目を放さないように気を付けながら、正義の魔法つかいの話からは極力離れるように努力した。なぜなら、ラナが余計なことをいいそうで怖かったからであった。
その夜、ディナーの時間に小百合とラナが食堂に入ると、いつも座っているテーブルにはなぜか3人分の食事の準備がしてあった。ラナが先に小走りでいってテーブルの前に座り、続いて小百合が椅子を引いて座りながらいった。
「どうしてもう一人分の食事があるのかしら? 巴か喜一さんでもくるのかしらね?」
「ちがうよ、おじいちゃんの分だよ。わたしがお願いしたの」
「な、な、なんですってぇ!?」
小百合は仰天(ぎょうてん)した。
「ど、ど、どういうことなのよ、それは!」
「だって、ごはんは二人より三人の方が楽しいから」
「そ、そんなのお爺様に迷惑でしょ!」
「なんで迷惑なの?」
ラナには小百合の気持ちがまるで理解できないようで、本当にわけが分からないという顔をしている。小百合は言葉が詰まってしまう。
「そ、それは……」
この時に清史郎が食堂に姿を現し、小百合は黙らざるを得なかった。彼はイタリア製のベージュのズボンにドルモアの黒いセーターを着て登場した。小百合が背広姿以外の祖父を見るのは初めてだった。相変わらず厳(いか)めしい表情であるが、ラフな格好のためかいつもよりは雰囲気が和(やわ)らいでいた。
清史郎は黙って席に座りナプキンを膝に置くと小百合とラナもそれにならった。聖沢家のディナーは大抵コース料理になっている。前菜から順番に料理が運ばれてくるわけだが、小百合は何を食べても緊張のために美味しいとは感じなかった。ラナは逆に料理をうまそうに食べながら、清史郎のことを時々気にして見ていた。食事は進み、メインのステーキが皿に乗せられて運ばれてくる。もう小百合は食欲をなくして、ステーキなど食べる気がしなかった。その隣でラナは肉を大きめに切っては食べ、前では清史郎が無言で肉にナイフを入れている。この奇妙な静寂をラナが破った。
「小百合のおじいちゃんに質問!」
「なにかね?」
清史郎な食事をする手を止めて言った。
「おじいちゃんは小百合のことが好き? 嫌い?」
それを聞いた小百合はテーブルを叩いて激高(げっこう)した。
「あんた、いきなりなに言ってるの!?」
小百合はラナのデリカシーのなさに怒って睨み付けた。ラナは迷子の幼子のように不安そうな目で小百合を見上げている。ラナは小百合がそんなに怒るとは夢にも思っていなかったのだ。その時、清史郎が止めろとでもいうように、わざと音を立ててナイフとフォークをテーブルに置いた。それで小百合はびくついて怒るのを止めてしまった。
「ちょうどいい機会だ、お前とは一度よく話をしなければならんと思っていたんだ。食事が終わったら、わたしの書斎にきなさい、ラナ君と一緒にな」
「はい、お爺様……」
そういう小百合の心は、絶望しているといってもいいくらいに落ち込んでいた。
食事が終わると、小百合は自分の部屋で髪を漉いたりと、軽く身だしなみを整えてラナと一緒に清史郎の書斎に向かった。その途中で小百合は階段を上りながらいった。
「なんであんたまで一緒なのかしら?」
「うん〜、なんでだろう? お小づかいくれるとか?」
「……なんでそんな思考が生まれるのか不思議だわ」
「ちがうかなぁ?」
「100%ちがうと言い切れるわね」
それから小百合は歩きながら斜め下に視線を送り、すまなそうにラナのことを見ていった。
「さっきは怒鳴ったりして悪かったわ。でも、あんたはやること成すことがいきなり過ぎるわよ。もう少し考えてものをいってね」
「うん、わかった! そうするね!」
元気よくいうラナを見て、小百合は絶対わかってないなと思った。
「まあ、結果的にはこれでよかったのかも。お爺様との関係をこのままうやむやにしておく訳にはいかないもの」
「これでおじいちゃんが小百合をどんなに思ってるのかわかるよね」
「そうね、覚悟はしているわ」
「へ?」
それを聞いたラナは、訳がわからなくて変な声を出して口を開けっ放しにしていた。ラナが言った言葉の意味と、小百合がそれを聞いて理解した言葉の意味は全く違っていたのであった。そんな話のうちに、二人は書斎の扉の前に来ていた。小百合は呼吸を整えてから軽く握った右手を上げる。
「行くわよ」
まるで戦地に赴く兵士のような悲壮な覚悟を決めて目の前の扉をノックする。
「入りなさい」
清史郎の声が聞こえて小百合とラナが書斎に入る。清史郎は仕事机の前で腕を組んで座っていた。二人が目の前まで歩いてくると、彼は立ち上がり、後ろで手を組んで二人の目の前を歩き始めた。小百合とラナの前で右へ行ったり左へ行ったりと、その行動には思うように考えがまとまらないという空気がよく表れていた。その間は小百合にとっては非常にもどかしい時間になった。なかなか清史郎が話し出さないので、小百合はたまらない気持ちになって言った。
「お爺様、はっきりとおっしゃって下さい。もう覚悟はできていますから」
「なに?」
小百合の言葉を聞いた清史郎は目を開いた。彼の皺の深い顔は驚きに満ちていた。しかし、そんな顔になったのは一瞬のことで、彼はすぐにいつものしかめ面に戻った。
「どうやら、わたしは間違ったことをしてしまったようだ。お前がそんなふうに思い詰めていたとは知らなかった」
清史郎の声と言葉が小百合の心に一条の光を与えた。彼の声には真心がこもっていた。それを感じただけでも小百合は胸がいっぱいになった。清史郎は言った。
「小百合、お前は母親を亡くし深く傷ついていた。そのせいで心を閉ざしてしまっているとわたしは思い込み、あえてお前に近づかなかったのだ。時間が経って落ち着きを取り戻した後に打ち解ければよいと考えたのだが、それではいけなかったのだ。わたしがお前の母親にしたように、もっと愛情を注ぐべきだったのだ」
「じゃあ、おじちゃんは小百合のことが好きなんだね!」
ラナが満面の笑みで言うと、清史郎は深くゆっくりと一度だけ頷いた。
「もちろん愛しているとも、可愛い孫娘だからな。わたしはこの通りの人間で、感情を表に出すのが苦手でな。そのうえ、初めて会う孫娘をどう扱ったらよいものか分からなくてな、小百合には本当にすまない事をした、許してくれ」
小百合はうつむいたまま無言であった。その時の清史郎の顔は厳めしさが解けて微笑が浮んでいた。彼は深い感謝の心を込めて言った。
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ