魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦
「小百合、お前にこれだけは言っておきたかった。わたしはお前のことも、お前の母の百合江のことも、常に調べて知っていた。百合江がこの屋敷を出てからあの男とすぐに別れてしまったこともな。わたしは百合江がすぐにここに戻ってくると思い心待ちにしていたが、そうはならなかった。百合江はたった一人でお前を育て、共に生きてゆく道を選んだのだ。ここに帰ってくれば、豊かな生活をして心安く子育てもできたというのにな。きっと百合江には豊かさなど必要なかったのだろう。苦しくともお前と二人での生活が幸せだったのだろう。百合江が若くして亡くなったことは不幸だったが、幸せな人生だったに違いない。それはすべてお前がいてくれたからなのだよ。だから、ありがとう小百合、お前という孫娘がいてくれたことに心から感謝している」
この瞬間に、小百合は両手で顔をおおって泣き崩れた。しばらくは声も出さずに泣き続けた。ラナが隣にしゃがんで、小百合の艶(つや)やかな黒髪をなでていた。やがて小百合は絞り出すような声で言った。
「わたしは馬鹿だわ……勝手に勘違いして……」
「よかったね、小百合」
隣でそう言うラナに小百合は腕を絡めて強く抱きしめた。しゃがんでいたラナは小百合の体重を支えきれずに尻をついた。小百合は泣きながら感情に震える声で言った。
「全部ラナのおかげよ。わたしを包んでいた闇を光に変えてくれた。ラナがわたしに素敵な魔法をかけてくれたんだわ……」
抱き合う少女たちの麗(うるわ)しい姿を見て清史郎は頷く。
「ラナ君、わたしからも礼をいうよ。君がきてから小百合は今まで悲しんでいたのが嘘のように明るさを取り戻した。今の小百合の姿は、まるで娘だった頃の百合江を見ているようだ。ラナ君のおかげで、小百合の本当の姿を知ることができたのだよ」
それから小百合の涙が止まるまでもう少し時間がかかった。小百合は落ち着くと持っていたハンカチで涙をぬぐってからラナと一緒に立ち上がり、清史郎の向かって深く頭を下げる。感謝を言葉にしたかったが、あまりにも思いが深かったため、とても言葉にできるようなものではなかった。そして、言葉もなくただ頭を下げる小百合の姿だけでも、清史郎にはその心が十分に伝わっていた。清史郎は愛情深い眼差しで小百合を見つめていた。
「小百合、巴や喜一にも頑(かたく)なな態度をとっていたようだが、好きなように名を呼ばせてあげなさい。二人ともお前のことを慕(した)っているのだよ。特に喜一は百合江のことを幼少のころから知っている。だからお前への思いも一層深かろう」
「わかりましたお爺様。二人に謝ってそのように伝えます」
「それともう一つ、もう使用人用の部屋など使わんでいい。二人ともどこでも好きな部屋を選んで使いなさい」
「いやった〜、それはファンタジックだよ!」
万歳をして喜ぶラナであった。
小百合が選んだ部屋は、百合江が生活していた部屋の隣にあった。できるだけ母を近くで感じていたいので、その部屋を選んだのだ。
「みてみてリリン、すごいよ、広いお部屋だね〜、ファンタジックだね〜」
「すごいデビ、お姫様みたいなお部屋デビ」
小百合が服などを備え付けのタンスにしまっている時に、ラナはリリンを頭の上に乗せて部屋の中を駆け回っていた。次は天蓋とレースの仕切が付いているベッドにリリンと二人で身を投げる。
「うわ、このベッドふかふかだ〜、前の小百合の部屋にあったのとは全然違うね!」
「気持ちいいデビ〜」
二人は順番に体を浮き沈みさせながらベッドの柔らかなかな感触を楽しんでいた。小百合はタンスの引き出しを閉じて立ち上がるといった。
「ちょっと、なんでラナがここにいるわけ?」
「なんでって、一緒のお部屋だからだよ」
「なんで一緒なのよ、部屋は他にいくらでもあるでしょ、あんたも自分の部屋を探しなさいよ」
「やだよ〜、小百合と一緒がいいよ〜」
「あり余るほど部屋があるんだから、二人で一緒の部屋を使う必要なんてないでしょ」
「だって、こんな広い部屋に一人じゃ寂しいでしょ?」
「別に寂しくなんてないわよ」
「わたし右側で寝るから小百合は左ね」
「リリンは真ん中で寝るデビ」
「ねえ、わたしの話し聞いてる!?」
小百合が少しばかり語気を強くすると、ラナは自分で乱した布団を整えてベッドから下りる。どうやら自分の話を理解してくれたらしいと小百合が思っているとラナがいった。
「枕が一つしかないから探してくるね!」
ラナが部屋から出ていくと、小百合は体の力が抜けてため息が出た。ラナは小百合のいうことを聞く気はまったくないようだ。
「……まあいいか、あの子は何をしでかすか分からないところがあるし、近くで見ていた方が安心はできるわね」
「ここがみんなの部屋デビ」
「そうね、わたしたち3人の新しい部屋だわ」
小百合は飛んできたリリンを抱きとめて二人で微笑した。
いきなり聖沢家に飛び込んできた魔法つかいのラナは、その明るさと元気さと笑顔で闇の中に沈んでいた小百合を光の園に引っ張り出してくれた。それは小百合にとって何よりも素敵な魔法であった。
翌朝のこと、小百合は学校に行く前に書斎にいた清史郎に最大の疑問をぶつけた。その時、清史郎は白のスーツ姿で書類にサインをしていたが、制服姿の小百合が入ってくると手を止めた。
「どうしたんだね、小百合?」
「お爺様、とても気になっていることがあるのですが」
「ほほう、なんだね?」
「どうやってラナを聖ユーディア学園に入れたのですか?」
「ああ、その事か」
清史郎はペンを置くと、傍らのティーカップをとってコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「聖ユーディア学園はな、聖沢一族が経営している学校なのだよ。聖沢一族とはいっても、あそこの学園長は遠縁だが、昔からよく知っている男でな。ラナ君のことを頼んだら二つ返事で受け入れを許可してくれた。どんなことがあっても卒業までは面倒を見てくれるそうだ。あの学校は成績にはうるさいが、ラナ君だけは例外的に成績面の方は目をつぶってくれる。例えテストで0点を取ったとしても怒られんから安心していいぞ」
それを聞いた小百合の顔つきが急に厳しくなる。祖父を睨みつける彼女の内面では怒りの炎が燃え上がりつつあった。
「お爺様、それはどういう了見(りょうけん)ですか?」
「どうって、あの子は勉強が苦手そうだったから……」
小百合はいきなり机に手を突いた。その衝撃で机の上のティーカップが少し跳ねる。清史郎は驚きのあまり声も出なかった。
「それじゃ、ラナが学校を卒業する頃にはダメ人間になってしまいます! お爺様はラナの人生を台無しにするつもりですか!」
「い、いや、そんなつもりでは……」
「よくわかりました。授業中にラナが寝ていても先生方が注意しなかったのは、お爺様が圧力をかけていたからなのね」
「そんな、圧力だなんて、お前……」
「いいです、ラナの勉強の面倒はわたしが見ますから。あと、今の話はラナには絶対にしないでください! もしあの子がこのことを知ったら、毎日遊び惚(ほう)けるのが目に見えています!」
小百合は机に手を突いたまま祖父に迫り、相手に恐怖を与える冷たい眼差しの瞳で見つめる。
作品名:魔法つかいプリキュア!♦ダークジュエルストーリー♦ 作家名:ユウ