新しい日々 第1話
夕日も暮れ始めて沈み切るか切らないかの頃、香澄がやって来た。
「まひる、調子はどう?」
香澄はカバンを台の上に乗せて、パイプ椅子に座る。あたしは、上体を起こした。
「うん、大丈夫」
「今まで来れなくてごめんね。アレから、いろいろあってさ」
それから、香澄はあの事件のその後について話してくれた。
要約すると、香澄はあれから家族を呼び出しての厳重注意をくらったらしい。しかし、原因が原因だけにこれでも大目にみてくれた結果だったそうだ。そして、あたしを襲った原色頭三人組。どうなったか知らないけれど、自主退学してこの町から去ったらしい。どうも、透が何か裏でやっていたそうだが、本人はただニヤリと笑うだけだったとか。何をやったんだ、透。
それで、あたしの進退。どうも、どこかの人権団体がどうやって聞きつけたか知らないけど、ジェンダーフリーだとか性同一性障害だとか何とかで抗議してきて、あたしを退学にさせる圧力がなくったらしい。
しかし、それでなくても、出席日数やら成績不良やらでピンチなあたしに、校長先生が特例を出してくれて、特別に昇級試験を受けさせてくれるそうだ。それで………
「それで何だけどね、まひる。昇級試験の範囲、二年生全範囲からの出題なの。難易度はそう高くないんだけど、範囲が莫大でしょう? まひる、一人で出来る?」
「う〜ん…………無理、かな?」
香澄はやっぱりといった風な顔して、
「そうよね、あんた元から勉強好きじゃないし。私が家庭教師なってあげるわよ。それでなんだけど」
「うん、それで?」
「私、まひるの住んでいるところのね、隣に部屋を借りる事になったの」
「ええっ! なんで?」
思わず大声を出して、慌てて口をふさぐ。
「なんでって、別にまひるだけの為じゃないのよ。私も桜庭の家を出たかったからね。それにそうすれば、まひるの勉強をずっと長くみる事が出来るしね。家の事は兄がいるし、大丈夫。今度の件もね、兄が助けてくれたの」
「香澄、ありがとう〜」
「ううん、いいのよ。私はまひるの先輩になんかなりたくないしね」
「香澄、本当にありがとうね」
やばい。なんか、涙出てきた。
「ばっ、馬鹿ね。何涙ぐんでんのよ。ほらほら、ちゃんと涙拭きなさい」
「うん。ごめんね香澄。あたし、オトコノコなのに」
「あー・・・・・・。それは、もういいの。わたしが間違ってた。まひるは何も変わる必要なんかないのよ」
「うん、うん」
「ほら、とりあえず泣き止みなさい」
「うん」
香澄にハンカチで顔を拭われる。
「そういうことで、あんたが退院したらビシバシ教えてあげるから覚悟しなさいね」
「分かった。あたし頑張る」
そうだ。香澄といっしょに進級するんだ。
「そう、その勢いよ。ところでまひる、退院の日とかは決まっているわけ?」
「あ〜、一週間後くらいかな。何もなければ」
含みのある言葉に香澄は顔をしかませる。
「今回、余計に拘束されるって事はない?」
ん?
「香澄。あたし、あの入院の時の事って話したっけ?」
「あ、いや……ほら、まひるって妙なことになってる訳で、何か長引かされるんじゃないかって、思っただけ。それより、あの入院の時の事って何?」
「ううん、何でもない。知らなきゃいいの」
そう、知らなければね。
「じゃ、私そろそろ行くね」
「うん」
「また、明日も来るから」
「うん」
香澄はドアのところで軽く手を振って帰っていった。
夜も暮れて消灯時間。あたしは眠れずにカーテンを開けて外を見た。空は、雲がなくて、月明かりが思ったより明るく照らしている。
そして、あたしは思い出す。
今日の香澄の言葉を。あたしの隣の部屋に住むと言った事。変わる必要なんかないと言ってくれた事。
そして、あたしは考える。
その言葉の意味を。何故そこまであたしにしてくれるのか。何故考えを変えてくれたのか。
そして。
あたしは、あの時何を想ったのか?