新しい日々 第1話
−2月14日−
朝の検温で目が覚めた。外はいい天気だ。
その陽気であたしはうつらうつらとしながら午前中を過ごした。
夕方、ひなたがやって来た。ひなたはリュックからテーブルの上に小さな包みを置いた。そして、パイプ椅子に座ると開口一番に、
「まひる、勉強した?」
「ううん、全然」
ひなたの顔が一瞬にして鬼の形相に…………。
「…………まー、ひー、る?」
ひなたが腕を組みながらドスを聞かせて言う。ヤバイ、昨日より怒ってる。
「すいません。ちゃんとやります。許してください」
「全く、人のいう事なんか聞きやしないんだからさ」
「大丈夫、ちゃんとやる。香澄が勉強教えてくれるって約束してくれたし」
ふうんといった感じのひなた。
「そうなんだ。よかったわね、まひる」
「うん」
「そういえば、姉さ」
「ん?」
「今日何の日だか知ってるわよね」
「今日、2月……………何日だっけ?」
あ。ため息ついた。
「14日よ、14日」
「あはは、ごめん。入院してると曜日とか気にならなくって。14日だよね、うーんと」
「バレンタインデーよ、バレンタインデー」
「おお、忘れてた」
「まひるなら、そう言うと思ったわよ。それで、今年は誰かにあげたりとかしないの?」
「え? 誰かにあげるって言ってもね。柳川先生はもういいし。それにあたし、オンナノコじゃないしさ」
「香澄は?」
「何言ってんのよ、ひなた。香澄は女の子じゃない」
「はぁ……………、このバカ姉は。ちなみに聞くけど」
とひなたはジト目で顔をずずいと寄せてくる。
「香澄と仲直りした?」
「仲直りって……………」
………………ヤバイ、忘れてた。
「その顔は、謝ってはないわよね。でも、香澄はいつも通り。ということは香澄は許してくれたって事でしょ。まあ、そこまではいいのよ。でも、まひる。あんたはそれを謝るどころか忘れてた。きっと、まひるのことだからこれからも言う機会をどんどん見失っていくでしょうね。まひる、わたしの言いたい事分かる?」
「…………この機会を利用して謝る?」
「そう、このチョコレートあんたにあげるから、香澄にやんなさい。それとこの際だから、告白もすればいいんじゃない? 好きなんでしょ、香澄の事」
「え………あたしは香澄の事が好き? そりゃあ、好き………好きなんだけど。でも、あたしと香澄は………」
あたしと香澄って友達だよね…………?
「まひるねえ、アンタと香澄が同性の親友だったのは少し前まででしょ。でも、今は何? 自分にとって、香澄は何なのか。胸に手を当てて考えてみなさい」
そう言われて、あたしは考えた。
あたしにとって、香澄は一体何なのか。あたしにとってかけがえのない友達だっていうことははっきりと言える。でも、今でもそうなのだろうか。あたしは香澄の事が好き? そう、なの?
そして、あたしはプエルタの時の事を思い出す。あの時の思いはなんだったのか? あの衝動はなんだったのか? あたしは香澄に何がしたかったのか?
それらの疑問が次々と頭の中を巡っていく。
答えは出ない。
いや、本当に出ないのだろうか? あたしが出したくないだけでは?
それは。
失うのが。
怖かったから?
「まひるはさ、失う事が怖いんでしょ?」
ひなたはあたしの目を見て、心を見透かしてしまったかのように言う。
「今までのことで、まひるはいろいろなものを失った。でも、まひるは香澄達がいたから何とか過ごして来られた。違う? まひるは、本当は鈍感じゃない。だから。自分の最後のものを壊したくないから、考えられないんじゃないの?」
「……………」
そう、あたしはきっと怖かったんだ。自分は変わっていないのに、周りが変わっていく事に。
クラスメートの話の輪にはもうあたしは入れない。
そうなって、唯一周りに残ってくれた親友たち。その関係を壊すのはいやだった。
「まひる。香澄との関係はそんな事で失うような脆いものじゃないのよ。それはあんたが臆病なだけよ」
だから、あたしは香澄の事を考えてこなかった。
香澄は親友。そのままでいいと思ってた。
けど。
違ったんだ。そう、香澄にあんな事をした事。
それはあたしが香澄に友達以上の感情を抱いたからこそ。
だから、あたしは。
「うん、そうだね」
「えっ?」
「ひなた、あたし分かったよ。これから、しなくちゃいけない事」
「そう。あんたにしちゃ、早かったわね。じゃ、わたしはそろそろ退散するわよ。しっかりやってよね」
「うん」
「………頑張ってね」
ひなたは帰り際、一度あたしの方を振り返ってから行ってしまった。
気のせいだろうか、ひなたのその時の顔が一瞬悲しそうだった気がしたのは。