神殿長ジルヴェスター(2)
マインと名乗った変わり者な少女を待ち続けた少年ルッツにマインの両親を連れて来てくれと頼む。
貴族にはあるまじき性急さだが、洗礼式は祝いの日なので、確実に時間が空いている筈だ。
うん、平民の事情を考えてやった結果だ。間違いなかろう。…何? そうじゃない? 何がだ? …まあ何でも良かろう。
待ってる間に聖典を見せてやろうとマインに言えば、分かりやすく笑顔になった。ああ、邪気の無い笑顔は良い。
膝に乗せてやり、聖典を開き、マインに見る許可を与える。一応、触ってはならないと言い聞かせ、朗読をした。
聖典は平民に聞かせた様に分かりやすくは記されていない。直ぐに飽きるのでは無いか、とも思ったが、マインは食い入る様に文字を見ている。その内、単語を指差しする様になり、非常に頭が良いのだと気付く。
…もしやフェルディナンドと同じく規格外では無かろうか。
「マイン、其方、貴族の血を引いている可能性は無いのか? 例えば親のどちらかが貴族の子だとか。」
「全く無いと思います。」
「ふむ…。」
これほど頭が良いならば、カルステッド辺りに引き取らせても良いのでは無いだろうか。魔力の強さはまだ分からぬが、愛妾としてなら問題は無かろうし、無下な扱いはせぬだろう。
…最もこの幼さを考えれば、今すぐは無理だ。カルステッドに不名誉な噂が立つやも知れぬからな。やはりまずは神殿に取り込む事からだろう。
ルッツがマインの両親を連れてきた。顔が固まっている。
「急な呼び出しで済まない。まずは此方に座ってくれ。」
来客対応室の椅子に座ってもらい、フランに飲み物を準備させる。マインの両親に不躾な視線は向けていないが、会った瞬間を考えると、意外に感じてはいるだろう。
兵士の父、ギュンターと染色の仕事をしている母、エーファはマインの服装からは予想出来ない姿だったのだろう。
間近で観察したからこそ、幼少から囲まれていた品と比べれば、随分質が劣っている事に気付けたが、パッと見は富豪の娘には見える服装だったからな。
実の処、マインの服や髪飾りにも興味がある。勿論、身綺麗な理由も。
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とまあ、取り敢えずそれらは後回しにして、神殿で引き取りたい旨を伝える。
「マインは青色神官…、貴族として優遇する。下働きはさせぬ。時が経ち、成人すれば貴族との縁組みも紹介しよう。」
「他の…、青色の方々が納得しないではありませんか?」
揺れる瞳は不安と希望が渦巻いている。娘の状況は理解していると言う事だろう。今のままなら高みに昇る事も分かっているのだ。
「その様な心情の者もいるだろうが、それを理由に危害を加える事は神殿内に於いては有り得ない。」
「何故、その様な事が…。」
「理由は2つ。1つは私が、この神殿長がマインを庇護するから。もう1つはこのエーレンフェストにその様な余裕が無いからだ。」
「余裕とは…?」
フェルディナンドや兄上ならばこの辺りは隠したかも知れないが、私の心理的にそれは難しい。アウブには向いていないな、と思うのはこう言う部分だ。
「兵士なら気付いているやも知れぬが…、最近、領を出ていく貴族が居ないであろう?」
「ええ、確かに…。」
「近年に起こった粛清で貴族の数が激減しておるのだ。外にはやれぬ。」
言う間でもなく、兄上とフェルディナンドの私への執着の派生である。
「粛清前までは貴族は有り余っておった。魔力の強い者を社会に残し、弱いとされた者を神殿に厄介払いするのだ。しかし粛清後、減った分を社会に戻す事になった。今までなら20人は最低でも常時居たが、現在は10人に満たない。
弱い魔力で数だけ揃えていた処、魔力がマシな者から、引き抜かれて行くのだ。今残っている者等、話にならぬ。平民の身食いが必要となっておるのだ。
…世代が進めば数も戻り、貴族の特権を脅かす者として、嫌な目で見られるだろうが、その頃にはマインも成人だ、それまでに条件の良い貴族を探す時間は充分にある。」
「お貴族様にも様々な事情がある事は分かりました。しかしそれは飼い殺しとどう違うのですか? 魔力で子供を捨てるお貴族様の言う、‘条件の良い’が、我々平民の感覚に合うとも思えません。」
「信用出来ぬと?」
「はい、ご無礼かと存じますが。喩え極刑を課せられたとしても、娘の事は譲れません。」
作品名:神殿長ジルヴェスター(2) 作家名:rakq72747