神殿長ジルヴェスター(5)
孤児院長室の長椅子の上で目を覚ました私は、目の前にいる神殿長に食って掛かった。
「神殿長、何ですか、孤児院のあの惨状は!!」
「地階はそんなに酷いのか?」
呑気な質問に、怒りが強まったけど、さっきのフランが頭に過り、気を落ち着かせようと息を吐いた。
「教えて下さいませ、神殿長。」
「何をだ?」
「神殿長は何故、孤児院を監督されないのですか?」
あんなの、監督してる事にならないよ。
「? 監督しておるから食事を運んでいるのでは無いか。」
分かってない。
「私も孤児院に神の恵みを与えています。孤児院を監督している神殿長と監督していない私の違いは何ですか?」
「それは責任であろう。例えば其方は神の恵みを与えずとも、許される。しかし私はそうでは無い。」
「責任…、確かにそうですね。でも神殿長、食事だけでは孤児院を監督している事にはならないと存じます。」
「どう言う意味だ?」
どう言ったら分かって貰えるかな。
「例えば…、私が孤児院の清掃についてお聞きした時の神殿長の御言葉は、把握していないと言う事だと解釈しました。更に神殿長はその理由を、自分が過ごす場所ではないからと仰いました。つまり本心では孤児達に関心が無いのだと受け取りました。…孤児達に無関心なのに、監督していると言えるのでしょうか。」
「…側仕えになれば、嫌でも仕事があるのだ。飢えはしないとは言え、与えている神の恵みは十分では無いのに、命令して働かせるのは理不尽では無いか。増してはそこで生活する青色は居ないのだぞ?」
何言ってるの、この人。
「良く分かりました。」
「? 分かったのなら良いが。」
「神殿長が人を駄目にする甘やかし方をなさると言う事が良く分かりました。」
「マイン? それはどう言う…。」
「そのままの意味です。良いですか?
御自分で掃除されていればお分かりでしょうが! 神殿長に何処まで分かって頂けるか不安ですが!!
大抵の人にとって、掃除は面倒な事なんです。キレイ好きに見える人でも、掃除を面倒に感じているのは珍しくありません。で・す・がっ!!
清潔を保つ事は生活に必要な事です。衛生面が余りにも酷いと病気になる事もあるんです。神殿長が可哀想だからと好きにさせた結果、病気が蔓延り、それで死んでしまう子がいるかも知れません。それが正しい事ですか?」
「大袈裟過ぎる。第一、掃除の遣り方くらい、知っている筈だ。必要なら進んで遣るのではないか? 遣る必要が無いモノを命令されるなんて可哀想では無いか。」
ああ~もうっ!! お貴族様のバカっ!!!!!
「現実を認識して下さいっ!! そんな次元の話じゃありませんっ!!
神殿長は何が正しいのか分からない子供に自己責任を、正しい事が分かっていても、そこまで考える余裕が無い孤児に自立を求めているんですよっ!!!」
「それは当然では無いか。」
「え…?」
どう言う事?
「孤児を引き取るのは慈悲だから食事は与える。だがそれ以上を求められては困る。自立するのは当たり前で、その道が側仕えになる事なのだ。側仕えの道が開けるかは、確かに運の良し悪しもあるが、それ以上に本人次第だ。
細かく言うが、慈悲を掛けるから食事くらいは世話し続ける事が責任であるし、関心を持っているから可哀想だと思うし、理不尽な事はしないのだ。
だがそれ以上は無理だ。義理も無い。寧ろ何故、私がそれ以上せねばならぬのだ? 何処に気に掛ける必要があるのだ?」
何を言ってるの…?
「孤児院で子供の世話をするのは、自立が出来る様に助けるのは、慈悲ではなく義務でしょう…?」
「義務である訳が無かろう。農民は食物を、農民以外は最終的に金銭で税を払う。だから守る価値のある領民と認められる。領民でない者を救う義務等無い。
…マイン?」
…違う、違う、違うっ!! 常識が…、違うっ!!!!
「…貴族あっての領民で、孤児は領民の内に入らないと…?」
分かり合えない理由が分かった。領民あっての貴族だと思う麗乃の常識が、この世界では間違っているからだ…。
私は涙が止まらなかった。
神殿長が居なくなった後、最初に口を開いたのはデリアだった。
「もーっ!! マイン様は何て事言うんですかっ!!? 幾ら変わり者の神殿長でも貴族ですのよっ!! 無礼打ちされても可笑しく有りませんでしたわっ!!! いいえ寧ろ無事なのが不思議ですのよっ!!?」
その後にギルが続く。
「デリアの言う通りです。マイン様。他の貴族であれば大変な事になっていました。
ただ…、俺は嬉しく思いました。」
「ギル…?」
その最後の一言に私はギルの顔を見る。複雑そうな感情が顔に出ていた。
「マイン様。」
私の目線に合わせて、フランが近付く。
「私達は皆、孤児院で育ちました。あの状態に何も思わない訳が有りません。マイン様が気に掛けて下さって、本当に嬉しいのです。
ただ…、神殿長が動くかと言われればまた、別のお話なのです。」
「フラン…。」
私は何を返して良いのか分からなかった。
「神殿長はどんな人の話も耳を傾けて下さいます。けれどそれは…、相手を知り、またご自身を知って貰う為。だから相手を理解すると、自分も理解されていると判断されます。
判断後は話の種類によっては、半分も聞いて貰えない事もあります。理屈や理論が神殿長に合わないと特にその傾向は強くなります。
マイン様は平民ですから、色んな部分で理解し合うのにお時間が掛かるでしょう。
…本当に孤児院を良くして頂けるのであれば、御協力致します。貴族の遣り方をお教え致します。
マイン様のお話を全て聞いて頂ける一番有利な今に、神殿長に歩み寄っていると思われれば、改正案も受け入れて貰い易い筈です。」
フランの瞳に気付いた。具体案が私の中に何も無い事。思い付きを言ってる様なモノだったから、仕方無いんだけど、でもあれじゃ反対するけど、責任取れないから神殿長が考えて下さいって主張してるのと同じだ。
でも…、責任は恐いよ。
「何か手が無いか、考えて見ます。」
私は一旦そう言うしか無かった。
作品名:神殿長ジルヴェスター(5) 作家名:rakq72747