神殿長ジルヴェスター(7)
また説明するのか、と言う気持ちが表情に出ている。
…私とて面倒だ。貴族の特権を使えばルッツを引き離すのは簡単だが、そうはいかぬと言葉を重ねているのだ。我慢せよ、ディード。
「はあ…、あのな、まだ大した事も出来ないのに仕事が出来るとおだてて、危険が全く無い訳じゃない場所に連れていくと言う相手を信用出来るか?」
「成程、確かに信用出来ぬ。」
「そうだろう。だから商人はやめとけって言ってたんだ。」
ディードの言い分は分かった。しかし今までに聞いた、マインやベンノの話とは齟齬がある。
「しかし疑問なのだが、其方の先程の話では、ルッツとベンノは季節1つ分の付き合いしか無いと聞こえたが相違無いか?」
「あ、ああ。」
「マイン、ベンノ、ルッツの話ならば3人での付き合いは1年程になるが、それでもベンノがルッツを買っているのは可笑しい事なのか? 町の外に出るかどうかは一旦保留にして。」
「1年?」
ディードは目を見開く。やはり知らなかったか。根本的に間違えている。
「マインによると、売りたい商品の構想があったが、虚弱体質のせいで作る事が難しく、作れたとしても商人になって売買する体力も無かった。だが相手をしてくれる商人にはツテがあった。
ルッツによると、商人になりたいが、職人一家に生まれた為にツテもなく、協力処か反対されていた状況で、どうしようも無かった。
2人は互いの悩みを打ち明けた事で、マインが考え、ルッツが作り、マインのツテでルッツが売る、この方式が出来上がった。
ベンノによれば、マインは新しい商品の構想を産み出す天才で、それを引き出し、形にするルッツが一番のマインの理解者で、成長を続ける商会にとって2人がなくてはならないそうだ。
ベンノは始めからルッツを見習いにしようと思っていた訳ではない。断る気でいたが、思う以上に2人がしっかりとした受け答えをした為に、マインの考える商品を実際に作ってこいと、洗礼式前に言ったそうだ。成人でも無理と思われる課題を、2人はこなし、その成果をベンノが高く評価した。そしてルッツは洗礼後にベンノのギルベルタ商会で見習いになったのだ。」
初めて聞いたと言う表情だ。ルッツの家族全員が。
「さて。何故、マインを通して知り合い、言葉を交わした時間も圧倒的に少ない私が知っている事を、常に一緒に過ごしている其方等、親が知らぬのだ?」
ルッツの両親に視線がやり、その後グルリと見渡す。
「其方はザシャ、だったな。」
「は、はい!」
背筋がピンと伸びる。
「其方等兄弟は偶然が重ならなければ、ルッツの働き場所さえ知らなかったと聞いている。何故、知らなかった?」
「…ルッツが…、言わなかったから…、」
「それは其方等が聞いても話さなかったと言う事か?」
「い、いや、違う、」
「ならば言い訳するな。」
ザシャの顔色が青くなる。だがここはキッチリ言わなくてはならない。マインとルッツの為に。
「其方等が何も知らないのをルッツのせいにするではない。ザシャ、増して其方は長兄であろう。弟に責任を押し付けるな。…情けない。」
再びディードに向き直る。
「ディード、其方等に足りないのは会話だ。ルッツが言わなかったか、其方等がきっちり聞いていなかったか、そんな事を今言っても仕方あるまい。
始めから商人が悪辣と決め付けず、ルッツともベンノとも話をするべきだ。言わなくても分かると説明を省くな。其方等に商人の事が見えぬ様に、ベンノも其方等が見えていないのだ。互いに何が見えていないのか、納得するまで話し合え。分からない事があれば、分かるまで聞け。
今のままであれば、店の利益を最優先に考えたベンノが、ルッツの意見のみで動くぞ。そうなれば大店の権力を持つベンノ相手に其方等は太刀打ち出来ぬ。
ルッツを想うならば、家族が断裂するべきでは無い。…そうであろう?」
カルラが不安な顔でディードを見た。
「アンタは…、誰の味方だ?」
誰の…。今回の件であれば、それはマインであり、ルッツであり、序でにベンノか。だがまあ、この中で最優先にするのは…。
「マインに決まっていよう。」
迷いなく答えたら、何だか妙な顔になる。ん? …カルラ、何故、ディードの口を塞いだのだ?
「さて、其方等から他に聞きたい事、言いたい事はあるか?」
「いや…。確かにアンタの言う通りかも知れん。分からん事は何故分からんのか、で済ませて来た。その癖、俺はルッツが何をしているか、何も知らん。それは思い知らされた。言葉が足りなかったんだろう。
俺は…、ルッツがどうしても商人見習いになると、自分で働く場所を見つけた時は、勝手にしろと言った。好きな様にしろ、って言ったつもりだ。そこまでやったんだ…、ルッツの行動を認めたつもりだ。ずっと反対し続けている訳じゃない。」
カルラやザシャ達が驚いた顔になる。
「…それはルッツに言ってやれ。」
「分かった。」
ディードの目を見て、表情を緩めてやる。
「ベンノには其方が話をしたがっていると伝えて置く。ベンノから連絡する様にとも。…では、私は帰る。」
そうしてルッツの家を出て、私は騎獣に乗って空を駆ける。自分の言った事を思い出しながら。
作品名:神殿長ジルヴェスター(7) 作家名:rakq72747