神殿長ジルヴェスター(11)
マイン視点
私は今、家で本を読んでいる。領主様から貸し与えられたモノだ。既に図書室を網羅した私に、新しい本を貸してくれたのだ。神に祈りを!! 領主様に感謝を!!
「巫女見習い!?」
突然ポーズを決めた私に、ぎょっとした声が掛かる。護衛のダームエル様だ。
ダームエル様は今、私の家で生活している。前払いで生活費を母さんに渡しているので、家族の遠慮以外は問題無い。
私は今、危険だそうだ。シキコーザが処刑され、下級貴族から妬みを買い、シキコーザの家族からは恨みを買っている。中級以上は領主様が押さえているし、他領の貴族は入って来れない様にされているが、下町のきな臭い商人が暗殺された事もあり、特に領主様、神殿長が領内から居なくなる時期は要注意だと、神殿でも私を嫌う人間がいるので、家に籠っていなさいと命令を受けた。家の近くには兵士の詰所もあり、そちらの方が良いと判断されたのだ。
当所、ダームエル様は下町の、貧民のあれやこれやには驚いていたが、数日経った今は、少なくとも外面的には落ち着いている。臭いは馴れたそうだ。
ご近所さんは恐縮していたが、ダームエル様の優しい気性が受け入れられ、すっかりアイドル扱いだ。あれだ、会いに行けるアイドルって奴。
例外はルッツの家族で、神殿長の来訪を経験させられた事から、一歩離れた位置でいる。お貴族様と関わるのはイヤだ、と顔に書いていた。
危険だから気を付けなさいと言われたが、今の処、特に何もない。
「はい、マイン、終わったよ。」
「ありがとう、トゥーリ。じゃあ交代しよっか。」
仕事が終わって帰って来たトゥーリと体を拭きっこする。普段は私と共に行動してるダームエル様も、この時ばかりは家の外である。狭い家じゃあ例え体が見えなくても、声が聞こえると気を使ってくれている。
「マインのそれ、綺麗だよね。」
「うん、黒が大人っぽくて良いよね。」
普段は服の中に隠れて見えない、石のネックレスを見て、トゥーリが言う。初めて見た時はどうしたのかと聞かれたものだ。
このネックレスをくれたのは領主様だ。2人の秘密だから神殿長にも、ダームエル様にも言うな、と言われたのだ。…その割にうっかり、トゥーリと母さんにはバレたけど(肝心な事は教えてないけど)。まあ、これ以上広まらなきゃ良いよね。
事情を聞いて、神殿からダームエル様と出て、フランの姿が見えなくなった時。
「マイン。」
騎獣ではなく、馬車で移動していた領主様と会った。馬車を止めた領主様が態々下りてきた。
「領主様、荷物でも?」
「いや、ジルヴェスターに内密で動いているのだ。騎獣で神殿近くを彷徨けば、君の危険を警戒しているジルヴェスターに気付かれる可能性がある。」
「…どう言う事でしょうか?」
思わぬ答えに私は首を傾げる。領主様はジェスチャーでダームエル様に背中を向けさせると、私に盗聴防止の魔術具を持たせた。
「マイン、君にこれを渡す。」
ネックレス?
「綺麗ですね、これも魔術具ですか?」
「お守りだ。遣わないに越した事は無いが、念の為だ。どうにもならない時が来たなら、この石に血判を押しなさい。必ず助けに来る。」
私は領主様の鋭い視線に頷く。
「分かりました。」
「では背中を向けて、髪を挙げよ。私が着ける。」
「お願いします。」
おお…! ネックレスをプレゼントされるなんて、麗乃時代から見ても初めてだよ。
「マイン、これは服の中に入れて隠しなさい。決してダームエルにも見られない様に。」
随分と厳重だ。神殿長に知られない様に、って言ってたし、何でだろ。
「どうして知られたらいけないんですか?」
私は石を服の中に閉まってから、振り返りながら聞いた。
「これは――――――――、」
私は領主様から渡されたお守りを握る。何も起こりません様にと祈りながら。
…早く帰って来てね、神殿長。
体の拭きっこが終わった頃、仕事から帰ったルッツが会いに来た。ギルベルタ商会で起こっている事を話しに来る訳で、言わば日報代わりである。
「ルッツはかなりしっかりしているな。」
ダームエル様がそう言って、感心している。平民を真っ直ぐに評価してくれる姿は、神殿長や領主様にも通じる部分がある。
「そうですね、虚弱で足手まといな私の面倒を見ていた前から、しっかりしてました。
神殿長もルッツは気に入ってるみたいですよ。」
森でのお忍びが切っ掛けである事は黙っておく。
「巫女見習い、ジルヴェスター様と私を比べる様な物言いは止めてくれぬか?」
畏れ多くて胃が痛い、と言いたげな口調に私は笑った。
その日、殆どの人が仕事が休みだった。仕事に行っているのは忙しいギルベルタ商会のルッツくらいだ。父さんでさえ、シフトの関係で休みだった。
母さんは洗濯物を干していて、そこにカルラおばさんが合流する。何故か何時も以上に多い量に、トゥーリはカルラおばさんの手伝いをすることにしたらしい。
私と父さんはダームエル様の側で、カミルの面倒を見ている。相変わらず、カミルは私を見ると泣いてしまうのが悲しい。
外のざわめきに気付いたのはダームエル様が一番早かった。異質な雰囲気、と言うよりも小さな魔力の集団に気付いたのだろう。
「巫女見習い、家にいるんだ。」
雰囲気が変わったダームエル様が急いで外に出た。その異様さに父さんが眠ったカミルの傍から離れ、外を覗き込んで、様子を伺っている。村には馬車が入ってきていた。
見るからに何処かの紋章が入った立派な馬車だ。お貴族様だろうか。
護衛らしき人達に囲まれたその主は、遠目からもハッキリと村を蔑む様子が見られた。
「ここにマインと言う娘がいるだろう、畏れ多くもアーレンスバッハのビンバルト伯爵様が契約なさる為に足を御運びになられた! 即刻、前に出よっ!」
はあっ!? 何それっ! 意味分かんないっ! 側仕えだろうか、そんな人が声を上げている。
「何だ、アイツは!?」
父さんも思わず怒鳴っている。起こされたカミルが愚図りだした。私があやすと余計泣いてしまうので、私はオロオロとするばかり。
「マインはカミルといなさい。出てくるんじゃないぞ。」
なのに父さんはそう言って、外に出てしまった。
伯爵を名乗った貴族の部下が、ウチに近付いた。…母さん! トゥーリ!
「巫女見習いの家族に近付くな!!」
ダームエル様が庇う様に前に出た。良く通る声で続ける。
「領主様の留守を良い事に、侵略行為をなさる気かっ!」
「――――、」
「そんな筈は無いっ! 領主様はご自分の留守中に、他領の貴族を決して入れぬと仰られたっ!! その許可書は偽者だっ!! 」
「――――、」
ダームエル様の声と違い、相手の声は聞こえない。けれど余り良い雰囲気でない事は確かだ。
カミルは既に本泣きだ。けれど村全体でざわざわしているからか、まだ気付かれてない。
けれどそれもあって、私はまだ全貌を把握しづらい。でも不穏の気配が大きくなった瞬間は分かった。
「ロート!」
ダームエル様が叫び、赤い光が空に向かう。それと同時にやって来た貴族は一斉に襲い掛かった。
作品名:神殿長ジルヴェスター(11) 作家名:rakq72747