神殿長ジルヴェスター(11)
ダームエル様は奮闘しているが、数が違うし、多分、魔力量にも差がある。そこに父さんが加勢に入る。
村人が何人か門の方向に走り去る中、ディードおじさんが父さんに続いて、加勢に入った。トゥーリと母さんは、カルラおばさんとザシャに連れられ、ルッツの家に押し込められる。ザシャは自分の家の前で仁王立ちしている。私の家の前にはラルフとジークが立った。
どう見ても旗色が悪いのは私を助けようとしてくれてる人達だ。震えながら私は神様に祈りを捧げる。魔力放出の為に、貰っていた平民の中でも浮かない程度の指環に魔力が籠り、ダームエル様を祝福した。
兵士達が来たのはこの時だ。門に向かって走り去った人達が連れて来ていた。
「この虫けらがっ!!!!!」
怒りに満ちた声が響くと、魔力が迸る。何らかの攻撃魔術だ。倒れても立ち上がるダームエル様や父さん達を見ながら、私は領主様の言葉を思い出した。
「これは君の自由を奪う魔術具だ。血判を推すことで発動し、私と君の契約が締結する。」
愛妾契約の事だろうか? そんな疑問が顔に出ていたのか、領主様は溜め息を吐く。
「少しは感情を隠しなさい。これはそんな生易しいモノでは無い。恐らくジルヴェスターが知れば、君を想う余り、取り上げようとするだろう。だがこれが無ければ守れない事が起こるやも知れぬ。」
ダームエル様にも隠すのは、そこから神殿長に伝わるかも知れないからだと言われた。
服の中に隠れている契約の石を握る。私の自由を奪う契約。私が領主様の持ち物になるって事だろう。迷いが無い訳じゃない。でも、こんなに守って貰って無視なんか出来ない。
「痛いくらい、我慢しなきゃ…。」
未来への不安を誤魔化しながら、私は道具箱からナイフを取り出す。
「えいっ!!」
掛け声と共に人差し指を傷付け、お守りを取り出し、血が出ている指を押し付けた。
「助けて、領主様…!」
どれくらい経っただろうか。突如、大きな魔力が迸るのが分かった。
「なっ!!?」
魔力を持つ全員が気付き、魔力を感じた方向を見た。私も窓から確認する。何? 魔方陣?
「バカなっ!! 何故、こんな処に転移陣がっ!?」
そう叫んだ顔をハッキリと確認する。うわ…、ガマガエルみたい。
そして転移陣と呼ばれたらしい魔方陣から、領主様が護衛と現れた。
領主様はぐるりを見渡して、ガマガエルに向けて怒鳴った。
「其方、アーレンスバッハの貴族か!! 誰の許しを得て我が領土に参った!? 増してはこの有り様、侵略行為と見做す!! アウブ・アーレンスバッハに厳しく追及致すぞっ!!」
「我が領土、だと!? もしやアウブ・エーレンフェスト!?」
どうやらガマガエルは領主様の顔を知らなかった様だ。随分と慌てているのが分かる。
「お、お待ち下さいっ!! こ、ここに許可書が!! 身食いの少女、マインを引き取る契約の為に私は、」
「黙れ!! 現在、我が許し無しに他領の貴族は入って来れぬ!! 特にこの領主会議の期間の来訪は一切許しておらぬ!!」
「そんなバカなっ、な、ならば私は騙されたのです!! この、エグモンドとその家族にっ!!」
またエグモンド!?
「エグモンド!? あの青色か!?」
領主様の声に驚きの色が反映されている。
「バカなっ、あの程度に偽りの許可書を用意出来る筈が無いっ!!」
「ですが本当なのです!! 村に迎えに来るなら、強い魔力を持つ身食い兵をやると偽りの許可書と一緒に手紙を!! 侵略の意志等本当にございません!!」
一瞬の沈黙があった。それがチャンスと見たのか、ガマガエルが続けた。
「その証拠に私は平民の村しか攻撃しておりませんっ!! 傷付けた貴族もそこの下級だけ…!! む、寧ろ身分も弁えず我々に歯向かった平民と下級を処罰すべきです!!」
そんなっ!!
「ふざけておるのかっ!!!!!!!!!!」
私が余りの身勝手さに怒りを迸らせる前に、今まで一番大きな声が領主様から発せられ、周囲が静まり返る。
…もしかして威圧してる?
静寂の中でカミルの泣き声が響いている。私はハッとして動いた。
外に出て、カミルが泣いているからお願いとラルフに頼んで、急ぎ足で領主様の元へ向かう。
「マイン!」
「巫女見習い!」
父さんとダームエル様が気が付いた。父さんが指の血を見て、止血しようと手を伸ばす。
「ルングシュメールの癒しを。」
けれどその前に振り返った領主様が癒しを掛けた。指の傷が一瞬で治る。
威圧を受けていた状態から解放されたガマガエルは驚いていた。
「なっ、平民ごときに癒しを!?」
領主様はそのまま私の元へ近付くと、私を抱き抱えた。目を丸くするガマガエルに向かって言い放つ。
「其方は騙されたと言ったが、アレは上流貴族を騙す様な度胸は無い家だ。大方、エーレンフェストの情報を盗むのに利用していた処、エグモンドの愚痴が伝わり、マインの事を知ったのであろう。そして偽の許可書を用意した。もし不味い事が怒っても、エグモンドに責任を押し付ければと、態々青色に名前を書くように頼んだのでは無いのか?」
領主様の言葉に顔を青くして、ガマガエルが否定する。
「決して、決してその様なっ、」
「まあ良い。どの道、其方の記憶を覗けば分かる事。」
「わ、私を罪人とするのですかっ、恐れながら何故、その平民の為に動かれると言うのですっ!!? どの貴族が聞いても納得しませんぞっ!!」
平民を幾ら傷付けても罪にならない。貴族であっても下級ならば黙らせる。それが貴族界の常識だ。それに基づけば騙された、と言う主張を認めての無罪放免、更には逆に自分を傷付けようとした者として、平民を纏めて罰する、が正義になるのだろう。けれど。
「マイン、あのお守りを出しなさい。」
この状況になった時の為に用意されたのだろう、この石がある。
「はい。」
言われたままに服の中から、石を取り出す。
「ま、まさかっ!!」
ガマガエルが絶望に染まる。
「見ての通りだ。私とマインの契約は既に成されている。」
領主様が石に魔力を通すと、契約内容が空中に浮かび上がる。
え…?
字を読めない人には状況が読めていないが、私やダームエル様はポカンとしてしまった。
「マインは最早平民ではない。我が養女だっ!!」
ざわりと驚きに満ちた空気が蔓延するなか、事態に気付いた父さんが顔色を変えた。
「其方がした事は領主一族への攻撃と心せよっ!!」
ガマガエルはそのまま膝を着いた。と、その時――、
「領主様!!? 何故此処に!!?」
幾つもの騎獣が下りてくる。
「遅れて申し訳ございませんっ!! 馬鹿者っ!! 先ずはお詫びせよ!! 平民の村からのロートに気付くのが遅れました!! 平にっ!!」
呼んだのはダームエル様だけど、領主様がいるのなら、領主様が呼んだに等しい。
「構わぬ、それよりこの男達を引っ立てよ! …私が記憶を読む必要がある故、それを念頭に置いて行動せよ。」
「はっ!!」
あっと言う間にガマガエル達は居なくなり、馬車も騎士の誰かが乗って行った。
「ダームエル。」
「はっ、」
「この魔力差で良く守った。褒めて遣わす。」
「ははっ、恐悦至極に存じます!」
作品名:神殿長ジルヴェスター(11) 作家名:rakq72747