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逆行物語 裏一部~ローゼマイン~

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かなしみがそして始まる



 アレキサンドリアのぐちゃぐちゃに私は何も出来ない。フェルディナンドもまだ、正気には戻らない。
 幽霊の私は何に妨げられる事なく、行きたい場所に行けるけど、何も出来ない。
 養父様に私が見えたのは、あの時だけ。その1度が、養父様の命を削っている。
「アウブっ!!」
 エーレンフェストの城で、悲鳴が響く。自身の隠し部屋から出てきた養父様が、血を吐き、倒れ掛かる。

 また、フェルディナンドの暴走を止めたのだ。

 もう何度目になるのか、分からない。執政状況でも、王命により、エーレンフェストはアレキサンドリアにがっつり巻き込まれた形だ。
 もう近しい誰もが、フェルディナンドをいっそ殺してしまえ、と考え出している。唯一、養父様だけが、それを許していない。

 「弟を見捨てられぬ。」

 「娘の…、最期の頼みくらい…。」

 フェルディナンドを見捨てて良いなんて言えないし、思えない。でも養父様に傷付いて欲しい訳じゃない。
 私やフェルディナンドに何も出来なかった、と言う後悔にも似た感情が、養父様の体から滲み出ている。これも幽霊になったからだろうか。見える感情の色が、強い念を伝えて来る。
 私はちゃんと、この人の家族だったと、今更ながら、一線を引いて関わっていた事に私も悔いる。
 何故、常に際限なく甘やかす、優しい虐待が、養父様の愛情表現なのかは分からないけど、それでも精一杯愛してくれていたのだ。

 …多分、養父様はヴィルフリート兄様やお祖父様がいて、シャルロッテもいるから、中継ぎには困らないと判断していたのだと思う。
 アレキサンドリアはレティーツィアが継ぐモノと思っていたろうし、だから、限界を越えてもフェルディナンドを守ろうと決めていたのだ。

 懸けるものは自分の命1つだと、考えていたから…。

 ある日の隠し部屋で。フェルディナンドの暴走を止めて。何時もは部屋から出て行くのに、その日は違った。
 暴走を止めた瞬間、養父様は倒れ込んだ。急速に魔力が固まって行くのが見える。治まっていた筈の魔石恐怖症を呼び起こす。
【ひっ、】
 私は思わず口元を押さえた。でも幽霊の目は剃らせなかった。
「ジル…、ヴェスター?」
 初めて、フェルディナンドの声に意味が宿った。今までは食事等の最低限の生活行動をボンヤリと取るだけだったフェルディナンドに、初めて現実が映っていた。

 とてつもなく、残忍な現実が。

 震えた手を伸ばし、養父様に触れる。目蓋を僅かに震わせた養父様が、微かな笑みを浮かべる。

 ――正気に戻ったか。ローゼマイン、これで良かったか? 

 声に出せない感情が伝わって、だけど傍にいる私に気付かないまま、その目蓋が閉じた。――魔力が胸で完全に固まった。
「ジルヴェスターっ!!!!!!」
 良くないよ、養父様。貴方の命を引き換えて欲しかったんじゃない。
「ジルヴェスターっ!!!!!!!!」
 フェルディナンドが貴方を呼んでるよ。私が死んだ時みたいに。

 これじゃあ、意味がない。

「ジルヴェスター…っ、」

 こんな最期を望んだんじゃない。
【ダメっ!! やめて!! フェルディナンドっ!!!!】
 私の声は届かないのに。
「済まぬ…。」
【誰か!! お願い速く来てっ!!!!】
 アウブの死に気が付けば、隠し部屋から只の空間に変わった此処に来てくれる筈。誰でも良いから間にあってと叫ぶ私の願いは届かない。
 私が目の前にいる事等知らず、フェルディナンドはシュタープを剣に変える。シュタープが持ち主を傷付けないのは、 持ち主に自傷の意思が無い事が前提にあっての事。

 もし、何の迷いもなくソレを望むなら。

 フェルディナンドの手が刃筋を立てた剣を自らの首筋を向ける。
【やめてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!】

 シュタープは何より鋭い凶器になる。

 一分の狂いなく牽かれただろう剣に剃って、血飛沫が激しく舞い散る。頸動脈に当たる位置を傷付ける、それは充分過ぎる致命傷になる。
 私の目の前で、フェルディナンドの魔力が瞬時に固まった。