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逆行物語 第六部~小さな思い出たち~

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ハルトムート~正し過ぎる上級貴族~



 ヴィルフリート様はお披露目にて、次期アウブであると内定を受けた。
「儀式はフェルディナンド様か…。」
 如何にも女性受けしそうな男だった。あれがフェルディナンド様、か…。
「これより、エーレンフェストでは領主候補生は神殿に赴き、神に祈りを捧げる事を義務化する。
 ヴィルフリート、本日より神殿長に着任せよ。」
 フェルディナンド様に視線を向けていた私は、そのアウブの声に耳を疑った。
「慎んでお受け致します。アウブ・エーレンフェスト。」
「うむ。フェルディナンド、其方には引き続き、ヴィルフリートの教育、これよりは補佐を頼みたい。」
「畏まりました、アウブ・エーレンフェスト。」
 余りの驚きにざわつく周囲を欠片も気にせず、糸が動く。私はフロレンツィア様のご様子を伺ったが、その顔には一切の不安が無い。圧し殺しているだけなのかは分からないが、既に話し合われていたのだろう。
 ヴェローニカ様が引退され、派閥がアウブとフェルディナンド様に引き継がれた。
 関係性が一番変わっていったのが、恐らくカルステッド様だった筈だ。
 カルステッド様は第一夫人にフロレンツィア様派筆頭のエルヴィーラ様、第二夫人にヴェローニカ様派で、ヴェローニカ様に心酔しているトルデリーデ様。第三夫人のローゼマリー様の件で、エルヴィーラ様に味方してもらえた事もあり、表立っては敵対してこなかったが、それでも何もなかった訳ではないだろう。
 少なくとも今、アウブ長子のヴィルフリート様の洗礼式にて、エルヴィーラ様と談笑出来る様な間柄では無かった筈だ。コルネリウスがニコラウスの面倒を見ている事も信じられない。
 …と言うより何故第二夫人が留守居をしていない? いや、解っている。これ程ヴェローニカ様派閥とフロレンツィア様派閥が融和していると見せられる有力な場面は無いのだから。

 夏には噂のローゼマイン様の洗礼式だ。アウブよりローゼマイン様の説明が成された。リンシャンや印刷業の為のフェシュピールコンサート…。更には今、目の前にある料理のレシピ。それらは全て彼女の功績であるらしい。…嘘臭い。そんな人間、大人でもおらぬ。大方、ローゼマイン様の為、良い楽士、良い絵師、良い技術者、良い料理人等を集めたのだろう。それはそれで見事な手腕だが、しかしそれもフェルディナンド様のお手柄では無いのか。
 今回、儀式をしているのはフェルディナンド様ではなく、ヴィルフリート様だった。大人の補助も必要とせず、堂々と白の衣装を着て、何の滞りも戸惑いも見せず、儀式を進行していく。フェルディナンド様はそれを静かに見守っている。
 …あのふざけた話が真実かどうかは知らぬが、フェルディナンド様と言う優秀者を味方に付けた事だけは評価しても良いだろうか…。
 そんな事を考えていた私の目の前では部屋を満たす程の祝福が煌めいた。

 …何だこれは…。

 呆然となったのは私だけでない。しかし泰然と構えるアウブ達の様子を見れば、予定調和であったと分かる。
 春のヴィルフリート樣の祝福の煌めきも話題になった。部屋中を満たさない祝福ではあったが、密度が凄かった。祝福でアウブ達の姿が見えなくなった程に。
 だからか、復活も何とか早かった。

 ヴィルフリート様とローゼマイン様…。もし情報が正しければ、この2人にシャルロッテ様は太刀打ち出来るまい。いや、太刀打ち出来ぬ様に育てるだろう。まだ幼いメルヒオール様だって同じ事だ。

 …やはりヴェローニカ様の勝利ではないか。

 領内の下らない派閥争いにも興味は無いが、エーレンフェスト自体にはもっと興味はない。私はこの時、他領へ行くと決めた。エーレンフェストに関わる事の無い領地に。