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溝口ひろな
溝口ひろな
novelistID. 65006
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最悪で最良な選択肢

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 自分はその優しさへと付け込み、ブックマンからの叱責に耐えられない振りをして何度もアレンの部屋へと侵入を図ってきた。

「別に無理にとは言わないさ。ただ……」
「ラビっ!? ちょっと、いきなり、なにを──!」

 強く抱きしめていたアレンの体を勢いよく持ち上げては足元を浮かせた。
 急な行動に驚いたのか体をめいっぱいに揺れ動かし抵抗を示してくるも、ラビはもろともせずにアレンをベッドへと運ぶ。その間も心の中の子どもらしさを作り出しては必死に甘えようと懸命だった。
 自分ではない誰かを求め、その手中に収めようなどと考えた経験はなかったにも関わらずアレンとの出会いがラビを変えた。周囲の人間には一切知られることのない作り笑顔以外の感情が前面に押し出だされた船上でのあの日以降、彼に対する熱情が静まることはない。
 体全体に伝わる優しく暖かい温もりを離したくはなく、汚れのひとつもない真っ白なシーツの上で思うがままに乱してやりたいと 欲に駆られてしまうほどだった。

「アレン」

 ゆっくりとベッドに歩み寄りながらも心臓が早く強く脈を打つ。ブックマンから浴びせられた怒りの声など関係ない。負の感情を全て消し、ただその身に生じた狂おしいほどの愛をぶつけてしまいたかった。
 アレンの瞳に浮かぶ醜い獣のような形相をした人間はまごうことなき自分自身だ。 

「……怖がんなよ」

 狂気に満ちたラビを何度もこの目に映してきたアレンは、なにがあっても離れたいと口にしたことはなかった。
 日々戦場を生きているエクソシストからすれば殺気立つ相手が対面にいるのは慣れていて、恐怖を感じている間もないほどだと戦闘中は割り切ることができる。
 だがこの場は違う。
 想いを寄せ、寄せられているはずの恋人から恐怖を与えられているのだ。殺気とは異なる威圧的で妖しく微笑むその姿は恋人の皮をかぶったケダモノだった。
 ──またやっちゃたんさね。

「ごめんって、アレン……」

 ふと我に返りアレンをゆっくりとベッドにおろした。アレンは瞬く間に寝返りを打ち、壁側へと向いた。
 時折自分が自分でなくなる感覚に陥ってしまうラビはその都度謝罪を重ねるものの、気が付くと再びアレンの身を虐げようと荒々しい行動に出てしまう。
 何度も後悔をしている、理性を働かせようと努力もしているのだがブックマンとのやり取りがある度に制御ができなくなってしまうのだ。
 しわひとつなかったベッドシーツにいくつものしわが生まれた。ラビから背を背け、静かに震えるアレンには詫びることしかできない。

「……やっぱ帰るさ。ほんとごめんな。今日はゆっくり休んでくれさ」

 壁をみつめるアレンの背中に声をかけゆっくりと扉へ歩きだした。
 この身から離れてしまった温もりを追うような真似はできない。だからといってブックマンと同じ部屋で眠ることもできない。ジョニーに頼み込んで食堂で寝させてもらおうか、とラビは考えだした。
 結論は出ない。一度唇を引き締めはしたもののなにも。

「ラ、ビ……?」

 アレンからの問いかけに返答をする余裕もない。更に彼を不安がらせているような気がしてならないが、自分自身の感情に答えを出そうと躍起になる。
 ブックマンであるならば悩む必要すらない。インクと交わる意味などなく、金輪際恋人として関わることは止め一時的に仲間だと偽り直せばいい。立場を踏まえれば一択。
 感情を押し殺さずに‘ラビ’として見つめ返せすのであれば選択肢は無限に広がるだろう。恋人として生きるため、自分自身の雄としての性欲以上に荒々しく黒い感情と決別しなくてはいけない。アレンへの愛を保ち続けたまま彼を傷つけることなく、体を寄せ合うのもまたひとつ。
 そしてもうひとつはアレンを諦める。自分の弱さに負け彼を傷つけてしまう可能性があるのであれば関係を途絶えさせてしまうべきだ。とも心の中の自分はいう。
 ブックマンとして生き、今後もまた弟子として師弟関係を築き上げ、いつの日にかブックマンを継承しなくてはいけないラビにとって、出すべき答えは最初から決まっているはずだった。

「アレン」

 ひとり繰り広げた末に出た答え。
 身を汚してしまうような愛も、アレンを慈しむ感情も嘘ではないにしろ素直に言葉にするには背を向けるアレンが小さく怯えているようにすら見えてしまった。
 選んだ答えはただひとつだ。

「オレ、アレンのことが好きだから……その、なんだ……またオレがさっきみたいにアレンを怖がらせたりしたら……全力で止めてやってくれないか? 自分でも……抑えられないんさ」
「……ラビ?」
「オレはブックマンの後継者だけど……ラビはエクソシストとして黒の教団にいる間だけの名前だけど、アレン、お前は……オレという存在がいたこと、オレがお前を好きだったって事実だけは忘れないでいて欲しいんさ」

 勝手にアレンへの感情を、願いを押し付けた。
 ただの我儘だという自覚もある。返答を待たずして次から次へと告げる気持ちに偽りはないが一度吐露しだした感情は今にも爆発してしまいそうだ。
 ここで今、抱いた熱のままに行動をしてしまったら今までと全く変わりはしない。アレンに対する愛が強く増すばかりで、三度傷つけてしまう。またしても同じ選択を取ってしまったのかもしれない。
 それらは分かりきったことだからこそ、悩みに悩み抜いた結論を告げるのだ。──一方的に別れを望み。

「……忘れないでくれたら、それでいい。それにアレンが今、オレの元から離れてもいいと思ってる。そっちのほうがアレンにとっては安全だし……得策さ。毎回毎回怖い思いをすんのはヤだろ?」

 できれば最後くらいはアレンの傍で眠りにつきたかった。思いもしないタイミングで別れを選択した自分自身に心底驚愕し、彼へと言葉の意味が通じているのか確証がない。
 己の選択をそう簡単にアレンが受け入れてくれるとも思えない。だが出した結論は揺るがなかった。

「ラビ、なにを言い出すんですか!? 僕はまだなにも言っていない! 勝手に自己完結をしないでください。僕の気持ちも聞いてっ……!」 
「いいんだよ。これで、いいんだ。オレはアレンを傷つけたくない。ただそれだけ……ただそれだけなんだよ」

 ブックマンだから、その言葉で納得ができるほどアレンへの愛情は薄いものではない。許された恋ではないと知りながらも一度は繋がったアレンとの関係性を、立場的な理由だけで投げ出すくらいならば好きになってなどいない。それどころか彼に伝えるはずもない。必死に自分を殺し、ただの仲間‘ラビ’として過ごしていただけだろう。
 伝えてしまったら最後、その身が滅ぶまでアレンとともにするか、黒の教団を去ることになるであろう近い未来ではなにも告げずに彼の前から姿を消す可能性も存在していた。前者はブックマンの意向には沿わない。後者は少なからずアレンを傷つけ、自分も後悔をするだろう。
 全て自分勝手な判断だ。昔失ったはずの子ども心が再び湧き上がる。

「オレは子どもなんだろ? 子どもは自分勝手で我儘で……賢ければ賢いほど口を閉ざすんさ」

 踵を返してラビはゆっくりとアレンの部屋を出た。
作品名:最悪で最良な選択肢 作家名:溝口ひろな