棘の役割
本田という男は本当に神出鬼没だ。
「今、殺人容疑で拘束されているアキラという人物が居ます」
執務室に戻ってきたらそこに居たのだから。
しかし、驚いたことに普段の着物ではなかった。
見たことの無い型の軍服。
汚れ一つ無い白が目に痛い。
「それがどうした」
「トシマに行くように勧めてください」
「なんだと?」
切羽詰ったような表情をしているのも珍しかった。
「冤罪を晴らす代わりにイル・レを倒すようにと伝えればトシマに行くはずですから」
「馬鹿な!イル・レを倒すということはイグラに参加するということだ!そんなこと許容する筈が…」
「何もしなければ終身刑なのですよ?」
真っ直ぐに見つめてくる瞳からは何も見出せない。
深い、深い水底を見つめているようだ。
「それに……貴女の探し人は其処に居ますよ」
「っ!?」
「よろしくお願いしますね」
いつの間にかドアの近くに居り、部屋を出ようとしている男を慌てて引き止める。
「待て!何故そのことを……」
「まだ、秘密です」
振り返り、にこりと笑うとドアの外へと出て行った。
追いかけることも出来た筈なのに動けなかった。
本当に、nが、奴がトシマに居るというのか……
暫し目を閉じ考える。
そして何かを振り切るように部屋を出た。
あの男の言うことが本当かどうかはわからない。
だが、嘘は言わないとそれだけは信じられた。
必要なものを揃え、留置所へと急いだ。