テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
地殻から帰ってきて半年。婚約者であるナタリアとはよく顔を合わせたが、他の仲間たちとはほとんど会っていなかった。忙しかったのも本当だが、敢えて会わないようにしていた節もある。理由は、仲間たちが求めているのはアッシュではなくルークであることがわかっていたからだ。
最初はどう振る舞うべきか悩んだ。求められるままに、ルークを演じるべきかとすら思った。しかしそれは選ばなかった。散々貶してきたルークの身代わりなど今更御免だと思ったし、何よりルークとしてナタリアの隣に立つことだけはプライドが許さなかった。
だからといって、自分はアッシュだと明言することもできなかった。
他人の記憶を持つというのは厄介だった。いっそ何も知らない、ただのアッシュとして帰って来ていたら話は違ったかもしれない。もうルークはいない、死んだのだとはっきり告げることもできただろう。
だが、今の自分にはそれができない。自分がこの世の誰よりもルークが既に存在しないことを知っているのに、それを解ろうとしていない。自分の中の彼の記憶が、まだ彼が生きているような気にさせる。
時折、彼の記憶と自分の記憶の境目が分からなくなる時があるのだ。そういう時は、自分の存在を疑ってしまう。本当に自分はアッシュで、死んだのはルークなのか。本当は死んだのはアッシュで、ルークの記憶に生かされている気になっているのではないか。はたまた二人とも死んでいて、自分はまた別の誰かなのではないか。
そんな中で、否応なしにルークの記憶を呼び起こす嘗ての仲間たちに会おうとは思えなかった。会えばまた自分が自分でいられなくなる気がした。
今生きているこの身体もルークのものだ。そうだと初めて自覚したのは、ペンを持った時だった。無意識に左手で物を書いていた。ペンだけでなく、剣術も左利きで最初はそれに気づいて戸惑ったが、アッシュも元々左利きだったのを右利きに矯正された人間であるためすぐに慣れてしまった。それがまた、アッシュを不安にさせたのだが。
しかし、この状況で自分がアッシュであると胸を張って言える理由がひとつだけあった。それは、ナタリアへの想いだった。
ナタリアを守り、ナタリアと共に国を守る。幼い頃交わした約束と、彼女へ抱く想いだけは色褪せず、混じり気のない純粋さを保ちアッシュの核となっていた。
そのはずなのに。
「この部屋も違うみたい」
背中からかけられた声に咄嗟に振り返る。目が合うと、ティアが小首をかしげてルークを見つめる。
「…!」
また心臓が跳ね、頬が熱を帯びる。慌てて顔を逸らして早足で歩き出す。
「ちょっと、どこ行くの?」
「うるせえ」
「ねえ、さっきからおかしいわよ」
「うるせえ!さっさと次行くぞ!」
自分にそんな気は一切無いのにティアを見るだけでぎこちなくなり、脈が早くなるルークの身体。あまりに正直な反応にイライラする。だからティアには特に会いたくなかった。これではまるで、自分に二心があるようではないか。
(ナタリアナタリアナタリアナタリア)
意識の中からティアを追い出すためにナタリアのことを考える。あれからかなり時間が経ったが、彼女は無事でいるだろうか。もしかしたら恐怖で震えているかもしれない。さぞかし不安だろう。そういえば花嫁衣裳を纏った彼女は女神のようだった。あんなに美しければ、魔物が攫いたくなるのも致し方ない。だとしたらなかなか見る目のある魔物だ。しかしどんな理由にせよ、彼女に害をなす者は絶対に許さない。
(あの鳥野郎、次会ったらぶっ飛ばす)
この状況を作った鳥への殺意を新たに、腰の獲物を確認する。傍から見たらかなり物騒な方向なのだが、彼自身はいつも通りの思考回路を取り戻しつつあることに安堵していた。
また別の棟へ移り、地下から探索するか上へ昇るか考えていた時、目の前をふわふわしたものが駆け抜けた。目で追うと、あの薄緑色の生き物が上へあがる階段に足をかけ、こちらを見ていた。
「あいつ…」
こんな所にまで着いてきていたのか、と知らず知らず口に出していた。それを聞いてティアが声をかけてくる。
「どうしたの?」
「あ、いや…」
ルークと同じ方を見ているティアは何かに気付いた素振りはない。やはり、あの生き物は見えていないらしい。言うべきか考えあぐねていると、生き物が階段を駆け上がっていく。後を追わなければならない理由は全く無いのだが、今までのことを振り返るとあれは何か知っている気がした。
「上から探そう」
「わかったわ」
結局生き物の通った道を辿る。不思議なことに、これだけ埃が積もった中で足跡ひとつ残っていない。チラチラ見え隠れする生き物の尻尾だけを頼りに最上階まで昇り、階段から廊下を覗き込むと僅かに開かれた扉の隙間に薄緑の尻尾がするりと吸い込まれるのが見えた。
周囲を警戒する。ティアと頷きあって確認し、扉を開く。
「!」
その部屋の中央には広いソファが置かれ、そこに花嫁姿のままのナタリアがもたれ掛かり眠っていた。他の部屋に較べて家財道具や床に積もる埃が少なく、窓も僅かに開けられていた。最上階だからか外から吹き込む風も清浄で、部屋に射し込む陽ざしも白いカーテン越しに柔らかくナタリアを照らしている。空気中の僅かな埃が光を反射してキラキラと輝き、瞼を伏せたナタリアをより神秘的に見せた。
「ナタリア!」
ルークがナタリアに向かって走り出す。
「待って!」
罠かもしれない、とティアが言った記憶を最後に、ルークの意識はぷつりと途絶えた。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏