テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
「う……」
髪を揺らす風と瞼越しに感じる陽の光。背中に硬質なものが当たっているのを首筋と背骨の痛みで知る。凝り固まってしまった筋肉を少し無理に動かし、頭を上げる。眼をしばたいて軽く首を動かすと、自分がほとんど崩れ落ちたような石壁に寄りかかるように座り込んでいたことがわかった。記憶が途切れる前にいたあの部屋ではない。周囲は広く開け放たれており、空が見える。少し離れた所に見える構造物の様式からフェレス島内であることは間違いなさそうだが、どうやらどこかの屋上のようだ。
立ち上がろうと地面についた左手に力を込めて足を動かすと少し上の方から声がした。
「おはよう。起きたね」
声の主を探して視線を巡らせる。丁度ルークの前方、崩れて瓦礫の山になったような石壁の上に1人の女性が座っていた。その背中側には例の鳥が佇んでおり、声や肢体から女性であることはわかるが、逆光になってその顔はよく見えない。
「お前…っ…」
相手の容姿を捉えるために立ち上がろうとすると重いような頭痛がルークを襲う。思わず額に手を当て膝をつく。
「無理しない方がいい。まだ本調子じゃないでしょう」
女の気遣わしげな声音に戸惑うルーク。
「お前は誰だ…?俺に何をした…!」
語気を荒らげて女に苛立ちをぶつける。頭も痛いし記憶は曖昧、先ほど自分は探し求めていたナタリアを見つけた筈なのに気づけば知らない場所にいて、その上彼女の姿は無い。全てが目の前の女のせいだと言わんばかりに睨むが、相手は何処吹く風だ。
「あなたには少し手伝ってもらっただけ。ちょっと気持ち悪いだろうけど、すぐ気にならなくなるわ」
「どういうことだ…!」
女の言葉は要領を得ない。ルークはもはや苛立ちを隠そうとはしない。そんな彼の様子を見て、女は盛大に溜息をついた。
「本当に短気よね、あなた達」
「“達”?」
誰と誰のことだ、と聞こうとしたがそれより先に女が口を開いた。
「短気は損気だよ、アッシュ」
「────…!」
呼吸が止まる。なぜ自分をその名で呼ぶのか。瞬きも忘れ、唖然としているルークに対し、女は首を傾げる。
「何その顔。あなたはルークって呼ばれるの、嫌がってたと思ったけど」
違った?と悪びれもせず言う女を前に、くらりと目眩がする。
「な……んなんだお前、俺の何を知ってる!」
「うん?」
じゃれるような素振りをする鳥の首元を撫でてやりながら女は答える。鳥が動いたことで光の加減が変わり、女の髪が月明かりのような銀色であることを知った。
「結構読書家で」
「は?」
「ナタリアが大好きで」
「!?」
「実はニンジンが苦手」
「なっ…!?」
あとは、と言って女は更に言葉を重ねる。
「それはルークの身体だけどあなたはアッシュで、ルークは記憶だけを遺して消えたと思ってる」
「…!」
女の言葉に縫い止められるように、体が動かなくなる。
「ねえアッシュ。本当にルークは消えてしまったのかな?」
女の質問に思考が追いつかず、黙り込む。顔は見えないはずなのに、女の視線が突き刺さるように感じる。
「あなたが感じた懐かしさや寂しさ、胸の高鳴りは全てあなたのもの?」
「何を、言っている…」
まるで心臓が耳の奥に移ってきたかのように、心音が嫌にうるさく響く。
「それがルークでなくて、アッシュひとりのものだと言うなら、証明して」
女が右腕を正面に伸ばし、掌を地に向ける。何事かを呟き、空(くう)を裂くように真横へ払う。
「ひとり分の身体で守れる物は、やっぱりひとり分だけだから」
女の後方、光る鳥が留まる位置より更に上の高度に2つ、譜陣が浮かび上がる。
「選ばなくちゃならない時が必ずやってくる」
譜陣の輝きが収まり、中空に残ったものをみてルークの目が見開かれる。
「だからここで決めましょう。あなたが1番守りたいものが何なのか」
「ナタリア…ティア…!」
宙(そら)に浮かぶ、球形の結界の中で目を閉じ眠るふたりの姿。女が次の言葉を告げる気配に嫌な予感を覚え、ぞわりと総毛立つ。
「助けられるのはどちらか一人だけ。その時、あなたはどちらを選ぶ?」
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏