テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
* * *
まっすぐ伸びる廊下を歩き、玄関に立つ白光騎士への挨拶もそこそこに屋敷から抜け出した。行くあてなどないが、とにかく歩いた。気付けばファブレ公爵邸や王城からは随分離れ、城下町が見下ろせる広場まで来ていた。
日は高く、じっとしていると日差しの暖かさが少し辛い。少し気温も高く、日陰の少ない広場の人通りはまばらだ。対して城下町の大通りは多くの人々でごった返しているのが見える。
短くなった髪を風が揺らし、ふぅ、と息をついて来た道を戻ろうとするとすぐ後ろに薄緑色の動物がいることに気付いた。
「…あなた」
着いてきたの?と膝を折って目線を合わせると動物はちょこちょこと近付いてくる。右手を差し出すと鼻先を近づけ、そのまま頭を撫でれば目を細めて非常に大人しくティアの愛玩を受け入れた。
ひとしきり撫でて手を離すと、動物はティアの瞳をじっと見つめた。動物の蒼く大きな瞳に、自分の姿が映り込む。
(ひどい顔)
ふ、と自嘲気味に笑って動物を抱き上げる。動物も嫌がる素振りはない。不思議なほど重さの感じない柔らかい体躯を抱きしめて、ふわふわの毛並みに顔を埋めると日向の香りがした。動物は鼻先でティアの耳元をくすぐる。
「…慰めてくれてるの?」
動物の長い耳がピクピクと動く。当然言葉は交わせないが、今のティアはそれだけでなんだかほっとした。
僅かに木陰の下に入ったベンチに腰掛け、動物を膝の上で抱える。真ん丸の瞳が注ぐ視線はずっとティアから外れない。
フェレス島でいつの間にか意識を失い、次に目を覚ましたのは、ガイが増援に来たジェイドやアニスを連れて駆けつけた時だった。来た覚えのない建物の屋上で、ナタリアとルークと共に倒れているのを発見された。この動物はその時、ガイ達を道案内して三人を発見する立役者となったらしい。その後も眠るルークの傍から離れず、つい連れて帰ってきてしまった。
「あなたの体、ふわふわね…」
首からお尻の辺りまでを撫でながら、自分を見つめる瞳を見つめ返す。夜明け前の空を思わせる群青色の瞳はティアの心のうちまで映してしまいそうだ。ふう、とまた溜息をついてしまった。
「…私、本当にどうしようもない」
小さな呟きは誰に聞かせるわけでもなく口から零れた。
「一瞬、喜んでしまったの。ルークが帰ってきたんだって聞いて」
言葉の通じない目の前の動物にこんなことを言っても仕方がないのだが、そう思うからこそどんどん気持ちが溢れていく。
「アッシュは消えてしまったっていうのに。ナタリアもまだ目を覚まさなくて、まだ…まだ、何にも解決していないのに」
ティアの瞳が揺れる。それを見た動物の耳が、ピンと立ち上がった。
「アッシュじゃなくて、ルークが。本当に、帰ってきてくれたんだって…そう思ってしまって…」
語尾は力なく立ち消え、はっきりとした音にならなかった。嗚咽を抑え込むように下唇を噛み締めるティアの頬を玉のような涙が濡らす。
「ナタリアが知ればきっとショックを受ける。なのに、最低だわ…私、自分のことしか考えられない…」
ぽたぽたと落ちてくる雫を見て、ティアの膝の上の動物はその肩に前脚をついて立ち上がった。ティアの瞳からとめどなく溢れて白い頬を濡らす涙をぺろり、と舐めとる。
「ふ…」
くすぐったくも温かい感触にティアは目を閉じる。目を開けた拍子に涙が零れると、またぺろりと動物が舐めにくる。
「っ…ふふ、くすぐったい…」
思わず笑みがこぼれる。動物は首を傾げ、ティアの耳元に鼻先を近づける。当然何か話す訳では無いが、それでも元気づけようとしてくれているのは解った。陽だまりの匂いと柔らかい体の温度で、ティアを抑えていた心の関がとけていく。
「…っ…う、…ぐすっ…」
両腕でその体を抱きかかえて、肩を震わせて泣く。それは次、顔を上げた時にまたいつも通りの自分に戻るための儀式。
今だけ。今だけだから。
そう願うティアの気持ちが通じているかのように、動物は緩い抱擁の中で静かに目を閉じていた。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏