テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
インゴベルトとの謁見を終えて控室に戻ると、ソファに座るガイは眠っていた。右腕は肘置きに頬杖をつき、左手はフィフィの背に置かれている。眠る直前、その背を撫でていたのかもしれない。フィフィの腹側ではミュウが頭を預けて眠っていた。すぴすぴと寝息が聞こえる。
そっと近付くとフィフィが片目を開けてルークを見上げた。しーっとジェスチャーするとフィフィはピクっと耳を動かしてまた目を閉じた。
(ガイやミュウも、眠れてなかったのかな)
ルークが謁見で部屋を離れていた時間はそう長くなかったはずだ。記憶の中ではこんな風に居眠りするガイをあまり見たことがないので、かなり珍しい。寝ていないティアのことを気遣っていたが、それを知っているということはガイ自身もあまり寝ていなかったのだろう。
(…ありがとな)
仲間たちと約束した時間にはまだ早い。廊下に出てメイドに部屋の空きを確認し、このまま使っていても大丈夫そうだとわかったのでルークはガイを起こさずに部屋を後にした。
* * *
王城内を彷徨くにも落ち着かないので、空き時間をどう過ごすか考えながら王城前の庭に出ると丁度ティアが木陰で休んでいるのを見つけた。
「もう陛下にはお会いできたの?」
「ああ」
ルークが芝を踏む音に気付いたティアは顔を上げると訊ねてきた。その顔を見返しながら今度はルークが問う。
「ティアこそ用事は済んだのか?」
「ええ。あとはアニス達がやるからって」
その後なんと言われたのか、ティアはあえて言わなかったがルークにもなんとなくわかった。
(休んでこいって言われたんだな)
ティアの隣に腰を下ろす。柔らかい風が吹き抜け、頬にかかる髪を揺らした。こうして風を感じるのもとても久しぶりな気がする。
「…あのさ」
話しかけられ、ティアがルークの横顔を見つめる。ルークはそれを視界の端で捉えながら、芝の上に投げ出した自分の脚を見て言葉を続ける。
「ずっと付きっきりで看てくれてたって、聞いた」
ナタリアのことも、と言いながらティアの様子を窺う。ティアは小さく首を振って
「大したことしてないわ」
結局何もできなかったもの、と俯いてしまうティア。
「そんなこと…わかんねえじゃん」
ルークが言うと、ティアがゆるゆると顔を上げる。その瞳と、視線が合うのを待ってからルークは続けた。
「だって、俺は目が覚めたわけだし。ナタリアだってきっといつか起きるって。だから、その……ありが、とう」
「…いいえ」
最後の方は気恥しさで声が小さくなり、ティアから目も逸らしてしまった。そのためどんな顔をしていたかは見えなかったが、聞こえた「こちらこそ」という声音にはしっかり安堵の気配が含まれていた。
そのあとは何を話すでもなく、空を流れる雲を眺めて時を過ごした。昼下がり、陽気と葉擦れの音、ぼーっと雲を見送っていると、ふわ…とあくびが出た。
「…さっき、どさくさで言いそびれてしまったんだけど」
大きな雲が太陽にかかりほんのり日差しが和らいだ時、ティアが口を開いた。
「自分のことをレプリカって言うの、もうやめてちょうだい」
「…ああ…」
目が覚めて、ティアに自分の異変を伝えた時のことだ。
「…悪かった」
いいえ、とティアが緩く首を振って応える。
「なんて言えば伝わるか、わかんなくてさ」
「ルーク…」
つい咄嗟に出た言葉が「レプリカ」だった。それ以上に、自分を指し示す言葉が思いつかなかった。ティアがルークの右手に触れる。気付いてティアの方に顔を向けると、意志のこもった強い眼差しを真正面から受けた。
「あなたはあなたよ。誰かの代わりでも、複製品でもない」
右手を握るティアの左手に力がこもる。少なくとも、と小さく呟きティアは続けた。
「私にとっての“ルーク”は、あなただわ」
ルークの瞳が見開かれる。雲に隠れていた太陽が再び現れ、木陰の外を明るく照らす。ティアの手が重ねられた右手が、いやに熱く感じた。
「…だから」
ティアが一度目を伏せ、ルークから顔を逸らす。同時にティアの左手もルークから離れ彼女の膝上に落ち着いた。ルークは思わずその手の行き先を目で追ってしまったことに気付き戸惑う。
「おかえりなさい、ルーク」
その言葉と一緒に贈られた笑顔は、ルークの胸の内にするりと滑り込んできた。胸に溢れる温かさに、自然と頬が緩む。
ああ、と自分に聞かせるように頷き、ティアの瞳をしっかり見つめて応える。
「ただいま」
久しぶりに、心から笑えた気がした。
* * *
「おや」
本国への伝達を済ませ王城へ戻ってきたジェイドは、城内へ入る前に一箇所に目を留めた。
「どーしたんですかぁ大佐?」
同様に後ろを着いてきていたアニスがその背に声をかける。ジェイドは仕草だけで庭に立つ1本の木を指し示す。アニスはその先を目線で追い、すぐに笑顔になった。
「…あーららぁ♪」
ふたりが見つけたのは、木陰の下で肩を預け合いながら眠るルークとティアの姿だった。あまり足音を立てないように距離を詰め、ぐっすり眠るその顔を覗き込むアニス。
「ルークってば、ずーっと寝てたくせにまだ寝るんだ?」
「ギンジから映写機を借りておくんでしたね」
ルークとナタリアの結婚式だからと、シェリダンの職人衆が新たに作った小型の映写機をギンジは持ってきていた。結局あまり出番がなく、そのまま持って帰ってしまったのだが。
「ほんと、おまぬけ面しちゃって」
アニスが曲げた腰を正して腕を組む。態度や台詞とは裏腹に、その表情は楽しげだ。そんなアニスを見て、ジェイドは小さく笑う。
「え、なんですか大佐?」
「いえ、まるでルークのお姉さんのようだなと」
「ええ〜?アニスちゃんはもっと出来のいい弟が欲しいですぅ〜」
ルークが聞けば怒るに違いないが、ジェイドも確かに、と思ってしまった。
「…そういえば、こんな話は知っていますか?」
アニスが首だけ反らしてジェイドを見上げる。
「一緒にいて眠くなる相手は、それだけリラックスできるくらい心を許した相手だそうですよ」
「……へぇ~…」
アニスがジェイドから視線を外して生返事をする。その瞳は目の前のルーク達、ではなく別のものを映しているようだった。ジェイドは「おや?」とわざとらしく言って鎌をかける。
「もしかしてアニスにも心当たりがありましたか?」
「!」
アニスは一瞬頬を赤くし、それを気取られないようにジェイドから顔を背け頬を膨らませる。
「べっつに!アニスちゃん人前で居眠りする暇なんてないですし〜?」
「ふふ、そうですか」
言葉のまま受けとめ、それ以上つつくことはしない。しかし、きっとそういった人物がいるのだろうと容易に想像できた。青春ですね、と心の中だけで呟く。
「さあ。このまま放置して風邪でも引かれては困りますし起こしましょうか」
「はーい♡」
躊躇いなくルークの頬をつねりにいったアニスを見て、力関係とはそう簡単に変わるものではないのだなとしみじみ思うジェイドであった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏