二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌

INDEX|3ページ/60ページ|

次のページ前のページ
 

 控え室に戻ると、メイドがコーヒーを用意してくれていた。ルークが丸椅子に腰掛けようとすると、外套が皺にならないよう裾を召使いが持った。
「お時間になりましたら声をかけに参ります」
 それまでごゆっくりお過ごしください、と召使いとメイドが部屋を出る。ふぅ、と溜息をついて首を鳴らす。
「重ぇ」
 呟いて背筋を伸ばすように腕を上げる。厚手の生地で肩から床に届く長さの外套はなかなかの重量だ。伯父上はこんなものを常に着ているのかと変に感心した。
 コーヒーに口をつけてカップを置き、部屋の窓を見るとそこにはルークをじっと見つめる薄緑色の動物がいた。
 ウサギのような長い耳と、イヌのような顔、ネコのような体にフワフワの長い尻尾。腹や脚先は白い毛の部分もあるが、全身薄緑色の短めの毛に被われたその生き物は窓枠に座り、真っ青な瞳をルークに向けていた。
「またお前か」
 はあ、と大きな溜息をついて窓から目を逸らす。すると生き物はひょいひょいと家財道具を飛び越えてルークの肩に飛び乗った。重さはほとんど感じない。チーグルのミュウより体躯の大きさがあるのに、不思議なほど軽いのだ。生き物は右肩から左肩へ移動したかと思うとルークの膝に降りてじっと顔を見上げてくる。
「なんだ、何か言いたいことでもあるのか?」
 そうだとしてもわからねえけど、と頭を撫でようとするとテーブルの上に逃げられた。
 この生き物には身体の軽さより不思議なことがあった。どうやらルーク以外には見えないらしいのだ。故にミュウに通訳させようとしても無理だった。更に神出鬼没で、先程までそこにいたかと思うと姿を消し、またいつの間にか自分の頭に乗っていたりで、それが大事な会談中にも起こるのでほとほと困っているのだ。
「これから大事な儀式なんだ、邪魔すんなよ」
 生き物は後脚で耳のあたりをかいている。聞けよ、と睨んでみるもどこ吹く風だ。
 この生き物が見え始めたのはルークが地殻から帰還して数日が経った時だった。最初は自分以外に見える者がいないことがわかり、変な幻覚が見えているのかと焦りもしたが次第に気にならなくなった。害意があるわけでもなさそうだし、物を壊したりするわけでもないのでいつか居なくなるだろうと放っておくことにした。その予測は外れ、半年経った今でも居座り続けているが。
 この半年は常にバタバタしていた。ティアの歌が聴こえたかと思ったら、次にはタタル渓谷にいたあの日。どうやって帰ってきたのか、と再三聞かれたが本当にわからなかったので答えられなかった。ただ、歌が聴こえて、帰りたい、と思ったことだけは覚えている。
 仲間たちが乗ってきていたアルビオールでバチカルに送ってもらい、屋敷に帰りついた時にはまた大変だった。母上は大泣きし、あの父上すらも目頭を押さえていたのが印象的だった。帰宅したのは成人の儀の翌日だったのだが、その日の晩には盛大な催しが執り行われた。仲間たちもその日だけは屋敷に泊まっていき、一晩中語り明かしたのだ。思えば、彼らと会ったのはあの日以来だ。それからは主にナタリアとの婚礼の儀の準備に追われ、ゆっくり過ごした記憶などほとんどない。改めて、あれからもう半年も経ったのか、と思った。
 ローレライを解放してから約二年、帰ってきた世界は様変わりしていた。プラネットストームが停止した影響で譜術や譜業は威力を落とし、戦争が無くなったことも手伝って大型の戦艦はほとんど姿を見なくなった。その代わりに両国の協力によってアルビオールの開発研究が進められ、量産化もかなり現実的になっているようだった。
 また、レプリカたちの存在が世界に馴染み、普通に街を出歩くようになっていた。時折小競り合いは起きているようだが、ここまで来るのに相当努力したのだとナタリアは胸を張って語った。
 預言(スコア)の禁止はまだまだ民衆の中で尾を引いているようだが、ローレライ教団の尽力もあり大きな反乱は起きていないらしい。ただ、金銭を受け取り秘密裏に預言を詠むことを請け負う者達がいることも事実で、そこの対応が今一番の問題になっているそうだ。
 そんな中で、ルークとナタリアの婚礼が急がれたのは世界に明るい報せをもたらすことが大きな目的だった。もちろん、二人が共に成人済みであることやナタリアの血筋など他にも様々な要因はあったが、単純にこの婚礼は世界が待望していた。
 世界を救った英雄の帰還と同時にもたらされた、稀代の賢姫の正式な婚礼の一報は、キムラスカだけでなくマルクトをも沸かせた。それだけ世界は大きな変化に戸惑い、沈んでいたとも言えよう。そんな中で、この婚礼を断ることなど当然出来なかった。
(こんな気持ちで、この日を迎えるなんてな)
 世界も大きく変わったとはいえ、ルーク自身の変化に比べればどれも些末なことに思えた。
 誰も直接聞いては来ないが、両親や伯父上、ナタリアはもちろん仲間たちも薄々勘づいているだろう。
 かつてルークと呼ばれ、アクゼリュスを崩落させ、瘴気を浄化しヴァンとの決着の果てにローレライを解放した男は、もはやいない。ここにいるのは、その記憶を食い体を奪って生きる、鮮血のアッシュと呼ばれていた人間だ。
 被験者(オリジナル)のアッシュとレプリカのルークは完全同位体という存在で、その関係の間にだけ起こるとされる「大爆発(ビッグバン)」によって、アッシュは蘇った。大爆発とは被験者にゆるやかに音素乖離が始まり、それによって力尽きた時、レプリカの体に流れ込み、時が経つとレプリカは記憶だけを残し、被験者の人格のみが生き残るという現象だ。アッシュとルークの間に、まさにその大爆発が起こった。
 二人の矜持を賭けて剣を交え、アッシュは敗北を認めた。ヴァンとの決着をルークに託し、神託の盾(オラクル)の足止めをする中で命を落としたはずが、気付けばルークの体で、タタル渓谷に立っていたのだ。
 レプリカのルークが生まれ奪われた居場所を、今度は被験者の己が奪い返した。かつては幾度となく夢見たことだ。しかし今はそれを心から喜ぶことなど出来なかった。
(俺は、こんな形で取り戻したかったわけじゃねえ)
 蘇った方法が納得のいく形でない事はもちろん、自分の中に残るルークの記憶もまたアッシュを苛んでいた。自分とは違う道を歩き、生きてきたルークの記憶は眩しく、妬ましいこともあったがそれ以上に同情を誘う記憶の方が多かった。ずっと復讐の対象にしてきたルークの記憶を全て知ったことで、かつての様に純粋にルークを恨むことは出来なくなっていた。それがアッシュにとっては悔しくもあり、胸のつかえの原因になっていた。
(死んじまったら、ぶつけることも出来ねえじゃねえか。…馬鹿野郎が)
 扉がノックされる音が響き、召使いが移動するよう告げる。外套を捌きながら立ち上がると扉が開かれる。
「行きましょう、ルーク様」
「ああ」
 ルークと呼ばれることにもすっかり慣れたな、と自嘲気味に笑い、歩き出す。テーブルの上にいた生き物の姿は、もう見えなかった。