テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
アストンに案内されたのは、街にある民家の一室だ。家主らしき男性に挨拶をして、部屋に入るとその中ではベッドに若い男が横たわっていた。
「ウォルマーといって、音機関技師をやっている男じゃ。つい三日前程から目を覚まさなくなった」
「目を…?」
脳裏をナタリアの姿が過ぎる。
「失礼します」
ティアがベッドに近付きその様子を伺う。
「うぅ……」
ウォルマーは苦しげに呻き、体をよじる。額には脂汗が浮かんでいた。
「…ナタリアのものとは、違うみたいね」
「そうか」
ほっとした反面、すこしがっかりもした。もし同じであればナタリアに関する手掛かりが得られたかもしれないが、違うのであればウォルマーに関しては打つ手があるかもしれない。複雑な思いを抱え、ウォルマーを診るティアを見守る。
「何かわかりそうか、ティア?」
「いいえ、所見だけではなんとも…」
ガイの質問に首を振るティア。
「どうして彼のことを隠そうとしたんですか?」
ティアがアストンへ尋ねる。アストンは躊躇うように俯いてから、口を開いた。
「実は、同じような症状で意識を失っておる者がここ数日何人も出ておるんじゃ。原因や、関連性はわからん。お前さんたちにも何かあっては申し訳が立たんと思ってのう…」
早く街から離れてもらったほうが安全だと思ったんじゃ、とアストンは言った。ノエルがアストンの背をそっと支える。
「…アストンさん」
ルークもまたアストンの肩に手を置き、
「俺たち、この街の人達にはすげえ助けられてきた。だから、力になれるならなんでもしたい。どこまでやれるかはわからねえけど、手伝わせてくれよ」
ルークの言葉にアストンが顔を上げる。
「…ありがとう」
ガイやティアも頷き、再びウォルマーに向き直る。ティアは彼の体に対して右手をかざした。
「一度、走査(スキャン)してみるわ。有効な治癒術があるか探ってみる」
第七音素を手繰り合わせてティアが術を発動する。その時、ウォルマーの体が一瞬ぶれたように見えた。
「?」
ルークは目を擦り、再び目を開く。
「ぅ…うう…!」
ティアの術が展開していくのに合わせてウォルマーが呻く。そしてその体からずるり、と何かが這い出てくるように見えた。
「!?」
他のみんなには見えていないのか。ルークが叫ぶ前に、ガイの肩にいたフィフィがティアの右手に素早く飛びついた。
「いっ」
フィフィに歯を立てられて痛みで咄嗟に手を引くティア。ガイもティアも呆気に取られている中、フィフィはティアの膝の上で毛を逆立ててベッドの上を睨めつけていた。
「みんな!そいつから離れろ!」
「え?」
「いいから!」
ルークの発言に戸惑いながらも全員がウォルマーと距離を取る。フィフィはベッドの脇で警戒体勢をとり、ルークもみんなを背に庇うように右手を上げ、左手は剣にかけた。ふたりの様子に、場にいた者達も只事ではないことを察していた。
「ルーク、一体何が…」
「わかんねえ…!」
背中越しに聞こえたティアの問いかけには声だけで答える。ルークの目の前では、ウォルマーから這い出た黒い影は形を変えながら大きくなっていく。人の頭程の大きさになった所で、その輪郭がはっきりとしだした。とはいえ、ぶよぶよとした暗紫色の塊のようなそれはなんとも形容し難い。ずるり、と滑るように動くそれはウォルマーの腹の上からじりじりとルーク達のいる方へと近づいてきた。
「っ…」
思わず身を引くルーク。ぴたり、と塊の動きが止まったかと思うと、暗紫色に赤い二つの光が浮かびルークの双眸を捕らえた。次の瞬間、塊はルーク目掛けて飛びかかった。
(避けらんねえ…!)
「────!」
咄嗟に右手で眼前を庇った。それと同時に、ルークと塊の間にフィフィが割って入り、その体が眩く発光した。見えない壁にぶつかるように紫の塊は弾き返され、べしゃりと床に落ちた。直後、零れた墨汁のように床に拡がり這いつくばっていたが、再び形を取り戻そうと蠢き出す。
「何!?」
「魔物、か…!?」
ティアとガイが臨戦態勢を取る。ルークはそれによって、二人にも塊が視認できるようになっていることに気付いた。
「よくわからねえけど、なんかヤバそうなんだ!」
三人は抜刀して塊の動向を正視する。アストンやノエルはティアに促され部屋の外に出ていた。紫の影はうぞうぞと動き、徐々に塊に戻りつつある。動くべきか悩んでいると、ルークの左肩にフィフィが飛び乗ってきた。
「!」
ルークの顔を見ながら、たしたしと前脚でルークの肩を叩くフィフィ。その瞳を見て、塊に視線を戻すと、得心してルークはローレライの鍵を振り上げた。
「ふっ!」
ドスッと重い音を立てて塊の中心に鍵が突き刺さる。苦しげにもがくように、激しく変形する塊。逃がさないようにルークは鍵に力を込める。すると、鍵が輝き震えだした。
「くっ…!」
振動はどんどん早くなり、脳に直接響くような高音が耳をつんざく。鍵の振動に耐えるように全体重をかける。
────キィィィィィ………!!!
塊から断末魔のような音が響き、鍵が一際強く輝く。次にはパシュッという音と共に光輪が鍵を中心に部屋に拡がり、一瞬で静寂が戻った。先程までルークが感じていた鍵の振動も、蠢く塊の姿も無くなっていた。
姿勢を起こして床に突き刺さるローレライの鍵を見下ろし、肩で息をするルーク。フィフィが労うようにその頬に擦り寄った。
「ルーク!平気か!?」
「あ、ああ…」
ガイとティアがルークの様子を伺い、同様に鍵を見つめる。
「なんだったんだ…?」
「消えた、のよね?」
ルークがローレライの鍵を床から引き抜く。空いた穴を見て、家主に謝らなければと思った。
「う…んん……?」
声の主はベッドの上のウォルマーだ。全員がはっとベッドを見やる。ノエルやアストンも部屋の中に戻り、ベッドへ近づく。
「ウォルマー!」
「ウォルマー、目が覚めたの?わかる!?」
「う……あ、あれ…アストンさん?ノエルも…」
状況を飲み込めずに目を瞬かせるだけのウォルマー。ベッドから起き上がり、どうして二人がここに?と首を傾げるウォルマーを見てアストンたちはほっと息をついた。フィフィもルークの肩からベッドに飛び降りて、ウォルマーの顔色を伺っている。
「さっきの“あれ”が消えたから…?」
ティアの呟きにガイも頷く。
「タイミング的にそうとしか考えられないな。一体なんなんだ?それにどこから…」
「そいつの体から出てきたんだ」
「え?」
ルークが視線でウォルマーを示す。
「ティアが術を発動させた後、それに反応するみたいにずるずるって」
「…あなたには、それが見えたのね?」
ルークが頷くとティアは口元を押さえて沈思する。
「私はフィフィがルークの前に飛び出して、あの黒い影がぶつかってきた所からしか見えなかった」
「俺もだ」
ティアにガイが同意する。
「…なあフィフィ」
ルークがベッドの上のフィフィに近付き、抱き上げる。脇を支えられて宙ぶらりんになった状況で、フィフィは少し嫌そうに目を細めた。
「お前も見えてたんだよな?」
目を見て尋ねてみるが、フィフィは瞬きをするだけだ。それは肯定とも否定とも取れなかった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏