テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
翌朝。アストンと約束していた時間に集会所に行くとガイは先に着いていた。部屋にいないと思ったら、どうやら朝から工場を見学して回っていたようだ。片やアストンやノエルはアルビオールの最終調節を行うとのことで、今日の案内役はキムラスカ軍に常駐する医師が担当してくれることになった。
最初に回ったのは一週間ほど前から眠り続けているという女性の元だった。苦しげに眉根を寄せているが、ウォルマーのように唸る様子はない。
「一週間絶食状態で、かなり衰弱してきていまして…」
女性の腕には点滴が繋がっている。これでなんとか栄養を補っているということだろう。
「シェリダンではまだ出ていませんが、眠ったまま意識が戻らず亡くなられた方もいるそうです」
ルークがぐ、と固唾を飲むのがティア達にもわかった。
「では、やってみます」
ルークやガイと頷きあって、女性に近づくティア。昨日と同様、ティアが譜術を発動させて“あれ”が出てくるかどうかを確かめる算段だ。
ティアが女性に向けて右手を掲げると、その腕にフィフィがとまった。
「?フィフィ?」
ティアと目を合わせると、フィフィは女性の枕元に飛び降りてその肩に前脚で触れる。すると、女性の体が一瞬白く輝いて全身から暗紫色の影が漂い出した。
「なっ…!?」
「ウォルマーの時と同じだ!みんな離れろ!」
違うのは、最初からルーク以外にも影が見えていること。ガイやティア、医師も同時に息を呑んだことでそれがわかった。
フィフィがティアの肩に飛び乗り、ルークを最前線に置いて全員が女性と距離をとる。ルークが抜刀する前で、女性から伸びる影は次第に集積し丸く形作られていく。
「これが報告にあった…!?」
「本当に人の中から…っ」
驚き戸惑う面々を背に、蠢きだした黒い影を見据えるルーク。赤く輝く両目に意思を感じた時、ルークもまた鍵を振りかぶる。
「おらっ!」
「ギッ」
横殴りに影をなぎ払い、床に叩きつけられた影に上から鍵を突き刺す。ドスッという確かな手応えと、その下で悶える影。しかし、
「…?」
昨日は突き刺すと同時に鍵が震えだしたが、今回はその気配が無い。
(なんでだ…?…まあ、だけど…!)
鍵から感じた震え。あれには覚えがある。あの感覚は、超振動の力だ。
ならばとルークは自らの第七音素を操り、超振動を引き起こす。鍵が震え、影が苦しみ出す。第七音素のコントロールに集中し数秒、鍵の輝きが増したと思うと断末魔と共に影の姿が消えた。
「…今のが……」
初めて影を目の当たりにした医師が独り言のように呟く。しかし、すぐにはっと頭を振ると女性の容態を確認するためベッドへ駆け寄る。
「はぁ…はぁ…」
「ルーク!」
ティアとガイは肩で息をするルークに近寄り、その顔をのぞき込む。
「大丈夫、ルーク?」
「っ……ああ、大丈夫だ」
それより、その人は?とルークが顔を上げるとティアたちもベッドの上の女性の方を見る。
「…ん……」
丁度女性が身動ぎして、目を開けた。医師も驚きから目を見開いたが、すぐに気を取り直し女性の診察に入る。二、三言会話を交わして、医師はルークたちに微笑み頷く。
「…よかった」
はー…と長く息を吐いたルークの背をガイが支える。
「どうしたんだ、何があった?」
昨日とは打って変わって疲れを見せるルークをガイが心配する。ティアの肩に乗るフィフィも、ルークの顔を覗いていた。
「さっきの、超振動ね?」
ティアの問いに頷くルーク。
「なっ…ルークお前!」
ガイの顔つきが一瞬で険しくなる。
「まさか昨日のあれもか!?」
「ちがっ…あの時は鍵が勝手に!でも今のは…何も起こらなかったから、つい…」
「つい、でやる奴があるか!お前、その力で死にかけたこと忘れたわけじゃないだろう!?」
ガイに掴まれた肩が痛い。しかし、それ以上に痛いのはガイの眼差しだ。これほどガイが怒るのには理由がある。彼の言葉通り、超振動の強大な力にルークの体は耐えられず死にかけたことがある。
「あの時とは状況もちげえし、平気だと…」
「馬鹿野郎、そうだとしてもだ!」
ガイの剣幕にルークは小さく「ごめん」と呟く。それでもルークの肩を掴んで離さないガイの右腕に、フィフィが飛び乗った。ガイに正面を向けて、ふるふると首を振る。服の袖越しに感じる刺激で僅かに爪を立てているのもわかり、それはまるでルークを庇っているようだった。
「ガイ」
横からティアも近付き、ルークとガイの間に立つような位置取りからガイを見据える。
「気持ちはわかるけど今彼を責めるのは筋違いだわ。彼が力を使ったのは私たちが全員でこうすると決めたからなんだから」
ガイの手の力が緩みそろそろとルークから離れる。フィフィはその腕を辿ってガイの肩に落ち着いた。
「…悪かった」
「いや…」
俺の方こそ、とガイから顔を逸らすと医師と女性が怪訝な顔をしてこちらを見ているのが目に入った。
「あの…あなた方は…?」
「失礼致しました。私はローレライ教団所属ティア・グランツ謡長と申します」
ティアが女性の傍らに跪き、自己紹介と共に自分たちのことを説明する。その間ルークは自らの左手を閉じては開き、見つめていた。
「ご主人様…」
道具袋からミュウが顔を出してルークの様子を窺う。特徴的な眉毛が情けなく八の字を描いているのが妙に笑えて、ルークは思わず小さく吹きだした。
「みゅ?」
「いや悪ぃ…ありがとな、ミュウ」
その頭を撫でる手つきが少し乱暴なのは照れ隠しだ。そうこうしているとティアがまた二人の元へ戻ってきた。
「ふたりとも、ちょっと」
ティアに促され、ルーク達は屋外へ出た。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏