テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
外に出た途端、ティアがルークの顔を両手で挟み、自身の顔をぐっと近づけた。
「ティっ…ティア…!?」
思わず仰け反りそうになるルーク。一方当のティアはいつもと変わらない無表情。じっと瞳を見つめられたあと、その視線は顔から外れ、手がルークの顔だけでなく肩や手などへも触れていく。ルークはされるがままに棒立ちだ。
ティアはルークの手を握ったまま顔を上げて視線を合わせると、
「…本当に平気なのね?」
そう聞くティアの表情には、ごく僅かだが不安が混ざっていた。ルークがこくり、と頷くとティアは目を伏せて手を離した。
「…話では、まだあと数名同様の症状で眠っている方がいるわ」
ゆるゆると目を開けると、再びルークの目を真っ直ぐ見つめてティアは訊ねる。
「行くのよね」
殆ど確信しているに近い語調。それでもわざわざ確認を取ったのは、ここでやめて欲しいという思いがあるからだ。ティアが言葉の内に含ませたものもわかった上でルークは答える。
「ああ」
ティアは表情を変えない。変わらず、ルークの目を見つめている。ルークの中に、一片の迷いや躊躇いがないかどうかを見極めるように。
「俺に助けられる人がいるなら助けたい。義務感とか償いとか、なんかそんなんじゃなくて…俺が、そうしたいんだ」
数秒の沈黙の後、ティアがふう、と息を吐いて
「わかったわ」
でも、とティアは続ける。
「危険だと思ったらその時は止めるから」
「…うん。ありがとう」
後ろで聞いていたガイがルークの頭をわしゃ、と撫でて
「手伝えることがあったら言えよな」
いつもの笑顔でそう言った。フィフィも少し目を細めて尻尾を振ったように見えた。
「ミュウもご主人様をお助けしますの!」
ミュウが右手を挙げて道具袋から身を乗り出す。
「お前は無理すんなよ」
「みゅぅぅ〜!」
ルークは道具袋に押し戻すように少々乱暴にミュウの頭を抑え込む。一見いじめているようにも見えるがそれはルークなりの愛情表現だ。ティアはくすっと笑って振り返りながら言う。
「それじゃあ、一度先生と話してくる。少し待ってて」
ティアが家の中に戻っていき、その場に残されたルークとガイ。先に口を開いたのはガイだった。
「あんまりティアに心配かけるなよ」
「なんだよそれ」
訝しげな顔をしてガイを見上げるルークを一瞥し、ふっと笑ってルークを視界から外すとガイは言った。
「お前が本気でやるって決めたら止められないことを、彼女もよく知ってるってことさ」
その言葉の意味がよく分からず、ルークは首を傾げるだけだった。
その後、医師の案内で数名の患者の元を周った。年齢も発症時期もバラバラで、接点もほとんど無い人達が計5名。症状も、昏睡状態になる前に体調不良を訴えていた者もいれば、突然倒れるように意識を失った者まで様々だ。共通点と言えば眠りながら苦しげに唸っていること、体から黒い影が抜け出し、それをルークが分解すると目を覚ますこと、眠っている間の記憶は無いこと。中でも気になったのは、長短はあるものの殆どの人で記憶の欠落が見られたことだ。
「長く眠っていたほど記憶もたくさん無くしているってわけじゃ無さそうだし…何なんだろうな」
「逆に記憶の喪失が全く無い人もいる。法則性が見えてこないわね…」
これで最後だと、医師に連れられ街中のキムラスカ軍駐屯所へ向かう道中。医師が録ったカルテと記憶を照らし合わせながら情報を整理する。
「この、シェリダンでの一番目の発症者…ローレライ教団の元預言士(スコアラー)とありますが、彼は?」
「彼は数日前、ベルケンドの医療施設へ搬送されています。あそこではこの奇病を解明するための研究が進められているので…」
「治療という名目の試験体確保ってとこか」
有り体に言えば、と医師が困ったように笑う。
「しかし、ルーク殿の力があれば一気に解明に近づくかもしれませんね」
解明とまではならずとも、救うことさえ出来れば…と医師が呟いていると、駐屯所の方から歩いてきた軍服の女性がルーク達に気付いて駆け寄ってきた。
「先生!」
「モネさん、お疲れ様です」
モネと呼ばれた女性はぱっと見まだ歳若く、軍人である割に体も華奢だった。
「えっと…」
医師の肩越しにルーク達の様子を窺うモネに、医師が何事か耳打ちすると彼女は慌てて敬礼をした。
「キムラスカ軍シェリダン警護部隊治癒班所属、モネ・アリソン伍長であります!」
ルーク達も名乗り、敬礼を解いてもらった所で医師からモネの紹介があった。
「彼女は今街で動ける唯一の治癒術士なのです」
「唯一の?」
シェリダンは職人街とはいえ、人口もそれなりに多く、キムラスカにとって要所だ。故に配属されている軍人の数は少なくはない。いくら治癒術士が貴重とはいえ、その内に一人というのは明らかに不自然だった。
「彼女以外の治癒術士は、例の奇病に犯されてしまったのです」
「治癒術士が…」
ティアが再び手元の資料に目を落とす。確かに罹患者リストに載る者は、民間人より軍人やローレライ教団員が多い。
「つい三日前に先輩が発症してしまって…今は駐屯所の医務室で眠っています」
「最後のって言うのはその人なんだな」
ルークに対してモネは頷き、
「ご案内します」
モネに促されるまま駐屯所へ入り、医務室を覗くと部屋の一番奥のベッドに一人の女性が横たわっていた。やはり眉間に皺を寄せ、小さく唸っている。ほんの少しだが呼吸も荒く、軽く額に汗もかいていた。
「他の人たちはどうしたんだ?」
「一週間以上前に発症した人達はベルケンドへ送られているんです。街に残っているのは比較的最近発症した方達で」
なるほど、とルークはベッドの上の女性に向き直る。その肩にフィフィが飛び乗り、確認を取るようにルークを見るとこくりと頷いた。
フィフィが女性に触れて、ルークが影を分解すると女性は目を覚ました。
「せ…先輩!」
ふぅ、と額を拭うルークの脇をすり抜けてモネがベッドに駆け寄る。
「お疲れ」
「おう」
ガイがルークに声をかけ、ルークもまた軽く返す。
「だいぶ慣れたかしら」
「なんかそうみたいだ」
何度か繰り返すうちに、超振動のコントロールの感覚を取り戻しつつあった。まだまだ全盛期とは比べ物にならないが、影の分解においてはそれほど負担を感じなくなっている。
「ルーク様、ありがとうございます!」
モネが立ち上がって深く頭を下げる。
「本当にすごいです!今まで何をしても駄目だったのに…!よかった…よかったぁ…」
モネは少し涙ぐんでいる。街唯一の治癒術士となって、相当プレッシャーがあったのだろう。先輩であるという女性に叱られながらも慰められて、モネはいよいよ泣き出してしまった。
「よかったな、ルーク」
「…ああ」
自分の行いで、誰かが喜んでくれるのは何度見ても照れ臭いしなかなか慣れない。だが、こそばゆいような、もどかしいようなこの感覚がルークは嫌いじゃなかった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏