テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
スピノザに貰った名刺の住所へ向かうと、そこには少し古びた建物があった。外壁は所々剥がれ落ち、周囲の建築物に比べると僅かに高さも低い。他の建物が示し合わせたように同じような外見であるが故に、その目的地は目を引いた。
「ここだよな」
「ええ。間違いないわ」
ティアが扉の横に備え付けられた表札を指差して答える。「ノーディス研究所」と書かれた銅板はやはり錆が目立つが、名刺に書かれたそれと一致した。
呼び鈴らしきものは見当たらなかったため扉を開けて中に入る。
「すみませーん」
ルークの声に応じるものは無い。中は明かりもついておらず、窓から差し込む光も周囲の建物に遮られて薄暗かった。廊下の突き当たり、磨りガラスがはめられた扉にかかるプレートを見て、ルークがノックの後ドアノブを回した。
「失礼しま…」
ゴトン、と扉が何かにぶつかり半開きで止まる。ぶつかった物の正体を確かめようと足元を覗くと、それは予想外に大きく、扉の隙間からだと全貌は見えなかった。ガイがルークの背中に問いかける。
「どうしたルーク?」
「わかんねーけど、なんか引っかかって…」
少し力をかけてみると扉は突っかかりを押しのけながら可動域を広げていった。
「ちょっとルーク。貴重な資料とかかもしれないんだから気をつけ、て……」
ティアの声音が変わったことに気付き、ルークは少し広くなった扉と壁の隙間から中を覗き込んだ。
「────……ひッ…!?」
ルークの目に飛び込んできたのはタイル張りの冷たい床に頬を擦り付け倒れ伏す人の姿だった。力なく投げ出された四肢は血色が悪く、ドアに引き摺られ少なからず刺激を受けたにも関わらずピクリとも動かない。
「し、死んでる……!?」
「そんな、どうして!?」
街中の研究所で人死になど只事ではない。慌てふためくルーク達。こういう場合はどこへ連絡すべきかと騒いでいると、扉の先、薄暗い空間から青白い手が伸びてドアを掴んだ。
「だぁれ……?」
「ぎゃーーーーーーー!!!!?」
全員が叫び扉から飛び退く。扉を掴む指は細く長い。部屋の中は暗いため一切見えないが、弱々しい声音は女性のものだった。
「な、ななななな、な…!?」
「ゆっ…ゆうれっ…幽霊…!!?」
「ばばばばバカ、んなもんいるわけねーだろッ!?」
皆が肩を震わせながらもお互いに身を寄せ合い扉を睨む。そうしている間に扉は二度三度がたんがたんと音を立てて開こうとする。
「あら……?」
不思議そうな声がした後、パタリと扉が閉じる。
「いっ今のうちに逃げようぜ…!?」
「逃げてどうするの!あの人が犯人だったら…」
「だったら尚更逃げた方がいいだろ!?俺達も殺されるかもしれねえぞ!」
「おい、ふたりとも落ち着くんだ!」
部屋の中からはずるずると何かを引き摺る音がしている。それが止んだかと思うと、数瞬の間の後、キィ……と扉が再び動いた。
「っ……」
ごくりと喉を鳴らし、ゆっくり開いていく扉を見つめる。先程よりも広く開くようになった扉から腕が伸び、続く肩から胸の辺りまで、隙間からぬるりと抜け出てきたのは長い黒髪に白衣を纏った女性だった。
「何か御用………?」
そう問い掛けられてもとっさに返答できず逡巡するルーク達。青白い顔の女性は訝しげに首を傾げる。
「あ、あの…ここに、オルフェ・ノーディス博士がいらっしゃると聞いたんですが…」
「ええ……」
「………………。……えっと……」
「……………………………………」
女性の返事は一言だけだった。困ったルークは更に問う。
「スピノザ博士の紹介で、ノーディス博士にお話をお伺いしたくて来たんですが……」
「…ああ……」
女性は扉の隙間から完全に抜け出ると、えいえいと扉を押して人が通る分には十分な所まで開いた。
「どうぞ………」
女性が扉を押さえながら入室を促す。どう見ても健康的とは言えない女性や、扉の隙間から見てしまった床の上の人など気になる事は沢山あったが、
「…失礼、します…」
腹を括って未知の空間へ乗り込んだ。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏