テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
「嘘だろ…」
部屋の中央を陣取る怪物は何かを待つように、その巨大な体をゆらゆらと揺らしていた。立ち竦むルーク達の脇を影達が通り過ぎ、目の前の怪物に合流していく。小さな影達が寄り集まって出来た体は徐々にその体積を増し、更に輪郭をはっきりとさせていった。
このままでは取り返しのつかないことになるという予感は有りながらも、状況を打破するための行動に移れない。天井近くに形作られた、怪物の頭と呼べる部分に光る紅い双眸にじっと睨めつけられ、ルークの体は床に縫い止められたかのように動かなかった。怪物の身体は太く長く起伏のない円筒型を模していき、床の上でとぐろを巻く姿はまるで大蛇のようだった。
「…どうする、ルーク?」
「どうったって……」
鎌首をもたげ、ルーク達を見下ろす蛇は不思議なことにその場を動かない。少し動けば押しつぶせるような距離で対峙するフィフィにすら危害を加える様子はない。しかし、ルーク達が躊躇している間にも蛇は周りの影を吸収し、どんどん大きくなっていく。正直どうにか出来る気がしなかったが、ルークはローレライの鍵を構え直した。
「動いてこないなら、今叩くしかないだろ…!」
「…援護するわ!」
そう言って、ティアが杖を手に集中する。
「堅固たる護り手の調べ────」
後に九音の旋律。ティアが詠い始めたとき、蛇がピクリと体を揺らした。
「!」
ルークとガイが警戒するが、それ以上相手は動かない。結晶を繋ぎ合わせたようなドームが現れ、辺りを囲むとルーク達に柔らかな光が宿る。“フォースフィールド”────第二音素の守護の力を引き出す、始祖ユリアが二千年前に創り遺した譜歌だ。その暖かな力を確かに感じ、ルークは走り出した。
「────やってやる!」
持ち主の声に応じるかのように、手にした鍵が震える。跳躍と共にめいっぱい振りかざし、蛇目掛けて振り抜くと鍵はその腹を深々と切り裂いた。
(いける…!)
作った傷口に今度は鍵を突き立て、超振動の力を注ぎ込む。鍵を中心に円状に放たれた力は蛇の体に丸く大穴を開け、完全に二分させた。分離した蛇の頭部は支えを失ったことで重力に従ってぐらりと傾ぎ、ルークの頭上に落ちてくる。当然横に飛んで躱すつもりだったルークだが、
────ミ、 タ────
「…え?」
「ルーク!」
避けろ、というガイの叫びも届かぬうちにルークの体は紫の泥に飲まれた。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏