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テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌

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(ここは……?)
 ぼんやりとする意識の中、そっと目を開けてみる。前後の記憶が定かでないが、少なくとも今眼前に拡がる真っ暗な空間は見覚えのない場所であることはわかった。
(そうだ、さっき怪物の頭が降ってきて…)
 ということは、これはあの影たちの中だろうか。だがそれにしてはここは広すぎる。足元には地面を感じないし、視線を向けた先には黒が拡がるだけで、果てがない。手を伸ばしてみれば当たるものもなく、空気の動きすら感じない。
(…あれ!?)
 前に伸ばした手を見て、握っていたはずのローレライの鍵も無いことに気付いた。
(なんでだ!?)
 自分の体の周囲を確認してみるがやはり無い。あれを無くしたらどうなるのか。少し想像してみただけでも身震いがする。とにかく探さなければ、と一歩踏み出してみようと思った時だった。
「やっと────ぇた……」
 耳に届いた女の声。知らぬ間に、目の前に誰かが立っていた。ルークは目を凝らしてみるが、相手との間にある闇が深く、その姿形ははっきり捉えられない。人がそこにいる、というのが辛うじてわかる程度だ。
 誰だ。
 そう口に出したつもりだったが、音にならなかった。闇の中に白く浮かぶ細い腕がルークの顔へ差し伸べられる。得体の知れぬ相手への恐れと、このまま距離が詰まればその顔が見えるという僅かな好奇心の間で揺れるルークの体は動くことを忘れていた。
「……ローレライ…!」
 女が歓喜に打ち震える声で囁いた。もう少しでその手がルークの頬に触れようかという時。
────ルーク!
 とすっ、と胸元に軽い圧力。しかしその僅かな刺激でルークの体はバランスを崩し、ゆっくり後方へ傾いていく。抗えぬ引力に戸惑いながら胸元を見ると、そこには見慣れた薄緑色の塊がへばりついていた。
 フィフィ。
 やはり声が出ない。フィフィはルークのことは見ず、女の方をじっと見ていた。その間もルークの体はどんどん傾き、目の前にいた女との距離が開いていく。頬にまで近づいていた指先はルークに触れることなく空を掻いた。
 後ろへ倒れるルークの背中は何にぶつかることも無く、ついに頭の位置が足よりも低くなった。それでもなおルークの体は下へ下へと引っ張られるように降下する。
(落ちる────)
 ぎゅっと目を閉じると、ゴポッと水の中にいるような音が耳に入ってきた。その音で、今まで不自然なほど音のない世界にいた事に気付いた。
 驚いて目を開くと、そこはまた知らない世界だった。視界は紫色で覆われている。景色はぼんやりとして歪んでいるが、上方からは明かりも差し込んでいた。それが照明だとわかり、目を凝らしてみるとベッドや戸棚…あの蛇の怪物と対峙していた病室の内装そのままであることに気づく。視界の揺れ方、耳に届く曇(くぐも)った音。それらから、ルークは今自分が紫色をした水の中にいるように感じた。
 真っ暗な世界では頭から奈落へ落ちていたように感じていたが、足はしっかりと地についている。ただ、その足には何かがまとわりついているようで動かない。左の掌にはすっかり馴染んだローレライの鍵の柄。その感触にほっとし、あれは夢だったのかと息をつく。
(………息ができてる)
 無意識だったが、呼吸をしている。腰から下は一切動かす余地がないが、胸から上には水との間に隙間がある。左側はローレライの鍵に纒わり付く水が重く思ったように動かせないが、右腕はある程度自由が効きそうだ。ちら、と視線だけで自分の胸元を確認すると、夢の中同様フィフィがしがみついていた。その背に右手でそっと触れるとフィフィはぱっと顔を上げた。
「フィフィ」
 今度は声が出た。フィフィは名前を呼ばれるとほんの少し目を細めた。その仕草と掌に伝わる暖かさに、暗闇の世界で感じていた焦燥感が散っていく。ルークの頬も緩み、肩の力が抜けたからか、ただゴポゴポとしか聞こえていなかった外界からの情報が少しだけ鮮明になって耳に入ってきた。
────…よ、我が…と、りて敵……け…!
 男性の声だ。それも非常に聞き馴染みのある声。しかしここで聞くはずのない声でもある。思い当たる人物の顔が脳裏に浮かぶより早く、
「サンダーブレード!」
 轟音と共に視界が真っ白に塗りつぶされた。思わず目を瞑る。巻き起こされた爆風によって体にまとわりついていたものが散り散りになるのを肌で感じ、自らも飛ばされないようフィフィを庇いながら膝をつく。鼓膜がキンと詰まり、視野が奪われ数秒。光が落ち着き、やっと目を開けると体表をパチパチと静電気が走っていた。足元には粉々になった紫色の泥が時折走る小さな稲光に身を震わせながら這っている。
「ルーク!」
 蹲るルークに駆け寄ってきたのはガイだ。その肩を借りて後方へと下がる。へたり込むルークにティアが回復術を使おうとするが、フィフィがその腕に飛び乗って首を振ったので中断した。ルークも手を動かしてみせて、異常がないことを伝える。
「無事ですね」
 頭上から降る声にルークも顔を上げて応える。
「…おかげさんで」
 長い手足に濃紺の軍服。眼鏡に光が反射しその奥に隠された視線は読み取れないが口元にうっすら浮かぶ微笑みはいつ見ても変わらない。
「なんでジェイドがここに」
「その話は後で。今はこちらを片付けましょう」
 ジェイドの譜術を受けて四散していた塊達は再び集まりかけていた。
「やはり通常の譜術では効きませんか」
 憎々しげに呟くジェイドの顔は笑っていた。術が効かない悔しさというよりも、壊れない玩具を前にして嬉しさが隠しきれないというような顔。ジェイドの譜術が放った電流はすっかり抜けたはずのルークの体は、また別の意味で震えていた。
「理論的には強力な音素振動を与えればあれは分解できる。もっと気合い入れろ、“死霊使い(ネクロマンサー)”」
 部屋の入口に立ち、ぶっきらぼうに言ったのはレヴィンだ。対してジェイドは無茶言いますねぇ、と眼鏡の位置を調節した。
「過去より譜術の威力が落ちているのはご存知でしょうに」
「そこをなんとかするのがアンタの仕事だろ」
 白衣のポケットに手を突っ込みながら立つレヴィンはことも無さげにそう言った。やれやれ、と首を振るジェイドをルークは不思議な心地で見ていた。するとジェイドがルークの方を見て、思いがけず視線がかち合ってしまった。
「どうしましたルーク。現状、一番有効なのは貴方の超振動のようですが」
 つまり「さっさと立って闘え」と言っている。その笑顔に気圧されてルークは反射的に立ち上がった。鍵を手に、正面の怪物を眺めてみる。散っていた影が集まりきった蛇は相変わらず動いてこないが、最初より若干小さくなっていた。
「────おい」
 今度は慎重に頭の先から分解しようとルークが考えていると、レヴィンが声を上げた。
「ここにいた患者はどうした」
 全員が心当たりが無いと言うように互いに顔を見合わせる。大きな溜息の後、一番に口を開いたのはジェイドだった。
「ルーク。失敗していて良かったですね」
「はぁ?」
 一体なんの冗談かと振り返ると、ジェイドは変わらぬ笑顔で言った。
「レヴィンの言う患者は恐らく、その中です」
 ジェイドの右手が指し示したのは蛇の怪物の腹だった。