テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
「レヴィン、いますか」
ノックの音の後、研究室の扉が開かれた先にいたのはシュウだった。
「皆さんお揃いでしたか」
部屋が想像外に混雑していることに少し驚いた様子だったが、シュウはすぐに笑顔に戻った。部屋に入ってレヴィンに対し、デスク越しにファイルを差し出しながら用件を話す。
「カルテが纏まりましたので、確認して頂けますか」
「ああ」
レヴィンは受け取ったファイルの中身をさっそく取り出し、目を通し始めた。
「リヴという少年の様子は如何ですか」
「安定していますよ。目を覚ますまでにはもう少しかかりそうでしたが」
ジェイドの質問を予め予想していたようで、シュウはすぐに答えた。
「あいつ、ジェイドが連れてきたって言ってたよな」
ジェイドにリヴのような年頃の少年と接点があることが不思議だったルークは二人が一体どういう関係なのかという興味からつい口にした。
「バチカルからグランコクマへ帰国する道中で入電があったんです。セントビナーへ立ち寄るようにと」
「セントビナーで何かあったのか?」
口を挟んだルークをジェイドが見やる。話の流れ的に、そこにリヴが関わってくるのは明白だったがセントビナーという単語に思わず食いついてしまった。
セントビナーは先の戦いの最中、外殻大地の崩落によって大部分が崩壊してしまったマルクト帝国の街だ。先日のルークとナタリアの結婚式でもそこに住む知人を何人か招待したが、復興に忙しいようで参列を全て断られていたのだ。祝福の手紙や贈答品は届いていたので、当時…アッシュもそれほど気に留めていなかったように思う。
「当初は件(くだん)の奇病が大流行している為至急視察の上報告せよ、という命令でした」
「…ん?でもさっき、セントビナーではリヴ以外に患者は見つからなかったって」
ガイがかなり前になったジェイドとレヴィンの会話の記憶を呼び起こしてそう言った。ジェイドも頷き、
「そうです。連絡を受けて到着した時には、他の罹患者はすっかり元気になっていました」
「勝手に治ったってことか?」
「私もそう思っていましたが…」
ジェイドがレヴィンの持つカルテの束から一枚引き抜いて続ける。
「先程の大蛇…あれを見て、少し考えを改めねばと」
ルーク達に見せるように、ジェイドは手にしたカルテを手渡す。それの一番頭に書かれている名前はリヴのものだった。そこから視線を下ろし、ぎょっとする。
「姓不明、生年月日不明、住所不明、身元保証人なし…?……なんだこれ」
「彼は最初、セントビナー近くの森で倒れているところを保護されたそうです。街に連れ帰ってみたものの彼を知る者は誰一人おらず、周辺地域にも行方不明者の聞き込みを行ったが成果は無し。身元不明のまま今に至る、というわけです」
まあ私は担当者から聞いただけですが、と付け加えジェイドは肩を竦めて見せた。
「この後目を覚ませば本人の口から聞けるかもしれませんね」
「そうですね。そこはまだ期待が持てる」
ジェイドの「そこは」という言い方に引っ掛かりを覚えたティアは一瞬考え、即座に答えを出した。
「大蛇の件ですか」
「そうです。彼を飲み飲んでいた大蛇…あれは瘴気集合体を呼び寄せて巨大化しているようだった。つまり、セントビナーでも同じことが起きていた可能性が高い」
「リヴと一緒に大蛇が街に運び込まれたことで瘴気集合体が寄せ集められて、他の人は病から解放されたのか」
「だけど、彼の口からその理由まで語られるかは分からない…」
自身の言葉を引き継いだガイとティアに対し、ジェイドは頷いて返す。
「見たところごく普通の少年のようでしたし、あそこから何か情報が得られるとは──────」
考え難い、と言おうとしたのであろうが実際の所はわからない。それ以降は、外部で沸き起こった騒音によって寸断されてしまった。
「なんだ?」
ルークが辺りを見渡し、音の出処を探る。最初はドン、という暴発音だったがその後には連続的な機械音に混じって人々の喧騒、怒声が聞こえている。何故かジェイドは盛大に溜息をつき、シュウは笑顔のまま扉から距離を取った。
「…近付いてきてる」
ティアがそう呟くうちに、音の発生源はあっという間にこの部屋に辿り着いてしまった。バン!と勢いよく扉が開け放たれたかと思うとそこには見知った顔があった。
「ジェイド!!!!!」
叫び声と共に飛び込んできたのは、真っ赤な空飛ぶ椅子に腰掛けた、白髪と眼鏡が印象的な痩せっぽっちの男性。
「ディスト!?」
ルークが彼の名を叫ぶがそんなことは気にも止めず、ディストは部屋の中にジェイドの姿を認めると、
「ジェイド!!またあなたは私に黙って!こんな所で何をしているんですか!!ここへ来た時は真っ先に私のところへ顔を出すようにと再三言っているでしょう!!!」
手足をばたつかせながら怒気と共に一気に捲し立てた。どうやら本当にジェイド以外は視界に入っていないようだ。
「しかも私が留守の間に…」
扉をくぐり抜け、何がしか訴えながらジェイドに近付こうとしたところで
「────エナジーブラスト」
「ヒギャ!?」
慈悲容赦のないジェイドの譜術をまともに食らい椅子ごと倒れ伏した。それを見てレヴィンがジェイドに苦言を呈す。
「おいおい。死神の体液で汚れた研究室なんて御免だぞ」
「失礼しました。なるべく飛び散らないように処理しますのでご容赦ください」
「ひでえ……」
非情なジェイドの台詞にルークが思わず零す。ジェイドは床に転がるディストの事を椅子ごと蹴飛ばし、通り道を確保して廊下へ出た。
「相変わらずだな、あの二人は…」
「あのやり取りも最早ベルケンド名物だ」
ガイの呟きにレヴィンが心底呆れた顔で応える。そうこうしている内に、廊下に数人分の足音が聞こえてきた。どうやらディストを捕獲に来たキムラスカ兵が到着したらしい。それを先導する形でジェイドが部屋に戻ってきた。
「すみませんでした。カーティス大佐の名前が出た瞬間、目にも止まらぬ速さで…」
「全く…貴方がたも仕事なのですからしっかり頼みますよ」
ジェイドの脇を抜けて兵士達が床の上のディストをとり囲み、まず椅子を回収して本体の方には拘束具を取り付けた。
「しっかり縛り上げておいてください」
冷たく言い放たれたそれを受け、兵士の腕に一際力がこもったように見えた。椅子と拘束済みのディストを抱え、現場の後処理をあっという間に済ませた兵士達の手際の良さを見て、慣れたもんだなとルークは思った。
「…とんだ邪魔が入りましたね」
そう言うジェイドの顔は気の所為か、一気にやつれたように見えた。
「不本意ですが、私は一度あの鼻たれに同行します」
また大きく溜息をついてジェイドは肩を落とす。ディストは一応札付きの犯罪者だ。何かと事後処理が必要なのだろうということは容易に想像できた。
「続きはまた今度だな」
「皆さん今夜はベルケンドでお泊まりに?」
「そうだな、もう遅いし…」
気付けば日は沈みかけ、窓から見た空の半分は薄紫色に染まっていた。
「では追って宿屋に連絡を入れます」
失礼、とジェイドが踵を返す。大変そうだな、というルークの呟きを合図に、その場は解散となった。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏