テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌
「では、皆さんはダアトへ向かうのですね」
「ああ」
ルーク達は後ほど研究室に合流したジェイドと連れ立って一階の病室へ向かっていた。昨日は無機質な機械音しかしなかった廊下も、今日は各部屋から話し声が漏れ聞こえてくる。それだけの差なのだが、研究所の空気が昨日よりも少し暖かく感じた。
「それで早速フィフィは連行されたと」
「俺達が出発してからでいいだろって言ったんだけどな」
ご愁傷さまです、と不穏な事を言うジェイドの真意を問いたいところだったが、先頭を歩いていたジェイドがある一室の扉を開けて奥へと進んでしまった。その部屋は、昨日あの大蛇と戦った場所だった。中を覗くと、一人の看護師が一台しかないベッドの脇で何か作業をしていた。ジェイドが看護師に声をかけると、彼女は頷いて少し離れた場所で作業をし始めた。
「おはようございます、リヴ」
ジェイドに名前を呼ばれてリヴはその声の主を見上げた。ベッドの上で上半身だけ布団から出して座るその顔色は昨日よりも随分良く見えた。
「目が覚めたんだな」
次いで声をかけてきたルークをじっと見つめるリヴ。
「大丈夫ですよ、怖い人じゃありません」
人のいい笑顔でそう言ったジェイドに対し、リヴは小さく頷いてからルーク達にも軽く頭を下げた。
「体、大丈夫なのか?」
この場にいる誰よりも恐ろしい人物であるはずのジェイドに「怖い人じゃない」と説明を受けたことにどこか釈然としないものを感じながら、ルークはリヴの様子を伺う。
「はい…あの。昨日、助けてくれた人ですよね」
覚えられていたことに驚きながら、ルークは頷く。
「一応、そうなるかな」
「ありがとうございました」
リヴはぺこり、と頭を下げた。まだ十にも満たない年頃に見えるが、しっかりしたものだとルークは感心する。しかし、顔を上げたリヴの表情は無に近い。ルーク達が部屋に入ってきてから、ジェイドに話しかけられようがルークと対面しようが、彼の表情は微動だにしていないことに気づいた。
「あれから何か思い出しましたか?」
ジェイドに問われ、リヴは少し間を置いたあとゆるゆると頭を横に振った。横顔を隠す青みがかったプラチナブロンドが柔らかく揺れる。そうですか、と軽く答えたジェイドは予め予測していたのか、さして気にしていないようだった。ジェイドは部屋の隅で作業をしていた看護師からカルテを受け取り、内容に目を通す。その姿をリヴはまたじっと見つめていた。
その間も、やはりリヴの表情は動かない。処世術としてあえて表情を変えないジェイドのような人間もいるが、リヴのそれは少し違うように思える。ジェイドを氷とするなら、リヴは水。凍りついている、というより風がない時の湖面のような静謐さを湛えた表情だ。変、とまではいかないが、リヴの年齢を思うと不自然ではある。
「不思議な子ね」
ルークの横に立つティアが耳打ちする。うん、と頷いて返し、リヴとその脇に立つジェイドを観察する。資料に集中しているジェイドをただじっと、一生懸命に見上げるリヴの姿はまるで……
「やっぱ似てるよなぁ」
隣のガイがぽつりと零した言葉にピクっと肩が揺れた。ティアは何が?と首を傾げている。ルークとガイは「お前も同じことを考えてたんだな」と目を合わせる。
大人と子供の違いはあれど、鼻や口の形、特に長い睫毛を携えた切れ長の瞳は鏡に写し取ったようだ。ジェイドの30年前がこれだとリヴの写真を見せられればそうか、と思うだろうしその逆もまた然り(ジェイドの歳不相応な若々しさはさておいて)。ジェイドの子供時代をルークは知らないが、過去の彼を知る者が見たらどんな反応をするだろうとつい考えてしまう。
(ジェイド本人は気にしてないのか?)
言葉少なにリヴと会話するジェイドの表情は至っていつも通りだ。しばらく眺めた後、そもそもジェイドの顔から彼の真意を読み取るなど不可能であることをルークは思い出した。
「どうしました、皆さん?」
ジェイドがわざとらしい笑顔で訊ねてくる。こういう時、口ではそう言いながらも全て知った上で敢えて知らぬ振りをしているのがジェイドだ。
「なんでもない。それで、何かわかったのか?」
顔を顰めたルークの横で、ガイが上手くジェイドをあしらう。ジェイドの方もまあいいでしょうと言わんばかりに眼鏡に触れて肩を竦めた。
「収穫は無いに等しいです」
カルテを傍に控える看護師に返しながらジェイドは言った。
「────今のところは」
「…つまり、今後何か出てくるかもしれないってことだな?」
最後の呟きを聞き逃さなかったガイに確認を取られ、ジェイドは小さくため息をついた。
「あなた方の言う、意識集合体の話も非常に興味があるんですが。私は病の研究状況を確認して国へ報告しなくてはならないんですよね」
「じゃあジェイドはここに残るのか」
ルークが素直に思ったことを口にすると、ジェイドがここぞとばかりに食いつく。何が楽しいのか、その顔はとても嬉しそうだ。
「おやルーク。私と一緒に行けなくて残念ですか?」
「いや、全然」
「冷たいですねえ。一度は背中を預け合った仲だと言うのに」
目元を拭う素振りをして大袈裟に悲しがるジェイドの態度はとても白々しい。ルーク達に白い目を向けられたジェイドはひとつ鼻で笑うとけろっといつもの顔に戻った。
「という訳で、私はしばらくここに滞在するつもりです。アニス達に会ったら宜しくお伝えください」
フィフィの世話は私におまかせを、と言うジェイドに対してガイがあからさまに嫌な顔をした。
作品名:テイルズオブジアビス 星の願いが宿る歌 作家名:古宮知夏