Blue Eyes【前編】
むくりと身体を起こし、側にあったシャツを羽織って寝室のドアを開ける。
そこにはシャアとキグナンがいた。
「アムロ、起きたか。朝食が出来ているよ。顔を洗っておいで」
「はーい…」
目を擦りながらアムロが頷く。
そしてキグナンに視線を向ける。
「キグナンさん、おはようございます」
「あ、ああ。おはよう」
キグナンが一瞬言葉に詰まりながらも挨拶を返す。
そのキグナンの反応が少し気になり、自分が何かおかしな格好をしているのかとアムロは自分の身体に視線を向ける。
そして、自分が羽織っているのがあきらかにサイズの大きなシャアのシャツだと気付く。
「あ、これ大佐のシャツだ。間違えて着ちゃった…。まぁ、いいか」
ボソリと呟きながらも顔を洗うために洗面所に向かった。その首筋には紅い痕が覗いている。
それを見送り、キグナンがチラリとシャアに視線を向ける。
「大佐…」
「そんな目で見るな、キグナン。大目に見てくれ」
「はぁ…」
少しバツが悪そうな顔をしながらも、嬉しそうな表情を浮かべる上官に、キグナンは小さく溜め息を吐く。
「お遊びでは…ないようですな…」
「当然だ」
「…でしたら…私が口を出す事ではございません」
「すまんな」
食事を終えると、シャアはブレックス准将達とアナハイムエレクトロニクス社へ出掛けるための準備を始めた。
それを横目で見ながら、アムロが寂しげな表情を浮かべる。
「大佐…行っちゃうの?」
「ああ、すまんな。仕事だ。昨日も言ったが、キグナンの言う事を聞くんだぞ」
「うん…」
アムロにとって約束事は何があっても守らなければならないと言う命令になってしまう。
おそらくそれは研究所にいた時に施された暗示の影響だろう。
だからこそ、“ここから出てはいけない”と言う具体的な指示は危険な為、それは反古にした。
「今日は帰ってくる?」
「ああ、今夜も泊まれるから、いい子で待っていておくれ」
「本当!?分かった!良い子にする」
途端に機嫌を良くしたアムロはシャアに抱きつくとそっとその頬にキスをした。
「約束!」
「あ、ああ」
一瞬呆気にとられながらもシャアがアムロに返事を返す。
そんな光景を、キグナンが優しく見守る。
「では大佐、そろそろお時間です。近くまでお送りします」
「ああ、頼む」
「じゃあな、アムロ」
「うん、いってらっしゃい」
優しく頭を撫ぜてくれるシャアをアムロが笑顔で見送る。
「アムロ、大佐を送ってくるからそれまで留守番を頼むよ」
「はい、キグナンさん」
アムロは窓から二人を見送くった後、窓辺のテーブルに置いてあった紙で紙飛行機を折る。
「えっと…前に大佐が教えてくれた降り方は…っと」
記憶を辿りながら折りあげた紙飛行機の胴体部分を指で掴むと、窓を開けて人口の空に向かってかざす。
月面都市であるフォンブラウン市にも人口の風が吹く。その風に飛行機をはためかせながら揺れる飛行機の羽根を見つめる。
と、突然の強い風に紙飛行機が飛ばされてしまう。
「あっ」
アムロの手を離れた紙飛行機は、風に乗ってビルの下を歩く人々の間をゆっくりとすり抜ける様に飛んでいく。
それを、通り掛かった少年が手に取る。
「紙飛行機?」
少年は紙飛行機を手に空を見上げる。
すると、窓からこちらを見下ろす赤茶色の髪の青年と目が合った。
「あの!これ貴方のですか?」
「うん、ありがとう」
子供の様に無邪気に答える笑顔に、少年、カミーユ・ビダンは目を奪われた。
「ごめん!僕は外に出られないから、こっちに持ってきて貰ってもいい?」
「え?あ、はい」
『外に出られない?』
疑問に思いながらも、カミーユはアムロに言われるままビルへと入り、エレベーターを上っていった。
エレベーターを降りると、ある一室の扉が開き、先程の青年がこちらに向かって手を振ってきた。
「こっちだよ!」
カミーユは言われるままアムロへと近付き目の前まで歩いて行く。
「えっと、良かったら入って」
「あ…いや、そんな…」
間近でアムロの顔を見つめ、カミーユはそれが昔雑誌で見た一年戦争の英雄、アムロ・レイだと気付く。
「アムロ…・レイ?」
「あれ?なんで僕の名前を知っているの?」
「あ…昔…」
「あ!もしかしたら大佐の知り合い!?」
カミーユの言葉を遮るように、アムロが思った事を話し始める。
「え?大佐?」
「そっか、そうなんだ!あ、えっと、さっきはごめんね。僕、今留守番中だから外に出られなかったんだ!飛行機持ってきてくれてありがとう!」
思い込みを訂正する間も無く矢継ぎ早に話しかけてくるアムロにとりあえず返事を返す。
「いえ、それは構わないですけど…。留守番中の部屋に俺が入ってしまっても良いんですか?」
アムロのその子供のような言動に戸惑いながらも、カミーユが確認する。
「え?ダメかな?キグナンさんは留守番しててって言ったけど、誰かを部屋に入れちゃいけないって言ってなかったし、大佐の知り合いなら部屋に入れても大丈夫だよ!」
自分で勝手に納得して、アムロは半ば強引にカミーユを部屋に招き入れた。
アムロは久しぶりに会うキグナンやシャア以外の他人に興味深々だったのだ。
「ねぇねぇ、名前は何て言うの?」
「え?俺は…カミーユ・ビダンです」
「カミーユ?」
「ええ」
「カミーユ…綺麗な名前だね!」
「あ…ありがとう…ござい…ます」
自分のコンプレックスである名前を褒められ、なんだかくすぐったいものを感じる。
「ふふ、それにカミーユの瞳もブルーなんだね!大佐のブルーは空みたいだけど、カミーユのブルーは海みたいな色だ!」
「海?アムロ…さんは海を見た事があるんですか?」
「え?えーと…うーん。あれ?どうだったかな…忘れちゃったけど海の色は知ってるよ!」
無邪気に微笑むアムロに、カミーユは違和感を感じる。
『アムロ・レイは…確か今、二十二、三歳くらいの筈だ。なのになんだ?どうしてこんな子供みたいな口調や雰囲気なんだ?それに大佐って…』
カミーユは疑問を感じながらもアムロに促されるまま部屋へと入り、居間のソファへと腰を下ろした。
「ジュース持ってくるね!ちょっと待ってて!」
「あ、ありがとうございます」
ジュースを手に戻ってきたアムロは嬉しそうにカミーユに話し掛ける。
そして、機械いじりの事で話が合うと二人は時間も忘れて語り合った。
どれだけそうしていたのか、陽が傾きかけた頃、アムロが不意に顔を上げ、嬉しそうに玄関へと走って行く。
「アムロさん!?」
すると、ガチャリと玄関の扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。
「大佐!おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
アムロの嬉しそうな声と、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「この声…」
シャアは飛びついてくるアムロの頭を撫ぜながら、不意に部屋の中に人の気配を感じて、アムロを背に庇いながら銃を取り出しカミーユのいる方向へと照準を合わせる。
「誰かいるのか!?」
その声に、カミーユがシャアの前へと姿を現わす。
「カミーユ!?」
「…大尉…!」
驚きに固まる二人の間に、アムロが慌てて割って入り、銃を持つシャアの腕にしがみつく。
「大佐!ダメ!」
「アムロ…どう言う事だ?」
「紙飛行機を拾って貰ったんだ!」
「紙飛行機?」
作品名:Blue Eyes【前編】 作家名:koyuho