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(2)

ミハイルが情死したという報せがあってから3日程たってからだった。

 自ら党の武闘派を自任していたミハイルの、仲間を裏切るかのような最期。
 支部の中も重苦しい空気に包まれていた。
 マダム・コルフの店で捕らえられた者も多く、アレクセイが日ごろ詰めている事務所の中も閑散としていた。
 摘発を免れた同志達も皆一様に口が重く、暗い表情だ。
 それはアレクセイも例外ではなかった。
 特にミハイルとは幼いころからの知己であったがゆえ、その衝撃は大きかった。
 
不思議とウマがあった黒髪の革命家。
 彼はいつも前を向いて、時代の先を見ていた。
かつて……、自分の向かうべき方向を見定めようともがいている時も、明確な信念のままにアレクセイを導き、その背中を押す一因を担った男であった。
 
アレクセイの脱獄に尽力したのもミハイルだった。
 みずから進んで計画を立案し、党の上層部に根回しをし、様々な手配をして見事アレクセイを救い出すことに成功した。
 救出されたばかりでまだ体力が戻らないアレクセイも、今回の計画がミハイル主動で行われた事に驚いたものだった。
 
「おまえ、この野郎!いつの間に。もう筋金入りの革命家だな。まさかこんな策略家だとは思わなかったぜ」
 「おれはあくまで武闘派だ。実戦部隊が性に合ってる。もうこんな面倒な事はこりごりだ。これからは、頼むぜ!アレクセイ!」
 まだ力が入らない右手で硬い握手を交わしたのだ。


 それなのにこの仕打ちはなんだ……!


アレクセイは頭を抱え、この重すぎる事実を受け止めようと精一杯だった。

「同志アレクセイ、あの……よろしいですか?」
声の主は最近党に入党した若い同志、イワンだった。
「なんだ?」
「あの、あそこに積んである書類なんですが、同志アレクセイに渡せと支部長が」
「おれに?なんの書類なんだ?今はとてもじゃないが無理だ」
「あの…それが…」
「なんだ、はっきり言えよ」
俯き加減で言いよどむイワンにアレクセイは苛立つ。
「すっ、すみません!同志ミハイルが持っていた書類だそうです!」
「ミハイルが?!」
声を荒げ、いっそう鋭い目で睨まれたため、イワンの顔色が青くなる。
「落ち着けよ、アレクセイ。イワンは支部長に言われて持ってきただけだ」
間に入ったのは、アレクセイのもう一人の盟友だった。
「イワン、すまなかったな。もういいぞ」
ズボフスキーに肩を叩かれ、ほっとしたイワンは部屋を出ようと歩きだした。
「……おい、イワン」
アレクセイはイワンを呼び止めた。
「……すまなかった」
「い、いいえ!あ、はいっ」
ペコリと頭を下げると、足早に部屋を出て行った。

アレクセイは煙草に火をつけ、ゆっくりと吸い込む。
「なんでおれなんだ?」
傍らに立つズボフスキーに静かに声をかける。
「他に託せるヤツがいないからだろう」
「あんたがいるだろう。他にもまだ」
「……この支部は、今じゃ壊滅状態だが、若い同志達にとっては憧れの支部だったんだぜ」
「は?何言い出すんだ?」
「将来のボリシェビキを担うといわれていた双璧がいたからな。二人ともまだ若いが、指導力、影響力共に十分だ。憧れてわざわざこの支部を希望して入ってくる者すらいた」
「……」
「実戦部隊を指揮し、抜群の成功率を誇るミハイル・カルナコフ。そしてドミートリィー・ミハイロフの弟で抜群の指導力を発揮しつつあるシベリア帰りのアレクセイ・ミハイロフ。いいコンビだ」
「は、かいかぶりすぎだ。おれはまだ何もなしちゃいない。7年の空白を埋めるのに精一杯なだけだ」
「これからお前ら二人が組んでどんな事をやってくれるか、期待してた者も多くいた。もちろんおれもな」
「……」
「お前がどう思おうが、周りはそう見ている。お前たち二人はそういう宿命なんだ。だから、ミハイルの思いをお前に託したいんだろう」
 ふと、少年時代に、きじを奪っていった時の野性味溢れる力強い瞳を思い出した。
 大胆不敵で力強く、いつも自分を導き、励まし、まぶしいくらいに輝いていた。
 
あいつは何を思い、考え、どう未来を見据えていたのか。それを垣間見ることが出来れば、この喪失感も少しは癒えるのだろうか。

アレクセイは灰皿に煙草を押し付けるとゆっくりと席を立ち、ズボフスキーの肩を一つ叩いた。
「宿命かどうかなんて関係ねぇよ。おれはあいつとはガキの頃からの知り合いで、昔あいつに奪われた獲物をいつか取り返してやりたい、見返してやりたい、そう思ってあいつをまぶしく見ていたに過ぎないガキだよ。あの中に獲物の隠し場所があるかもしれねぇからな。見てやるよ」
ズボフスキーはアレクセイの憎まれ口に目頭を熱くし、人知れず涙を拭った。


作品名:その先へ・・・1 作家名:chibita