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TWILIGHT ――黄昏に還る1

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 そして、従事者の不正を防ぐために過去へ実行班を送る際には、必ず“人質”を取る。家族であったり財産であったりと、個人差はあるが、その本人を抑制できるものであればなんでもいい。士郎のように肉親のいない者は、義肢や義眼と入れ替えた身体の一部という手もある。
 また、時空を超えるのはリスクがあるため、なれる者も、なりたがる者も少ない。
 瀕死の状態で戻った同僚、任務を全うできず命を落とした先輩、心神喪失になった後輩――――。
 様々な理由で一人減り二人減りと、修正係の実行班は存続すら危うい状況だ。したがって、士郎の所属する修正係の実行班は、士郎しかいないというのが現状である。
 人員補充申請は提出されているものの、わざわざ命の危険を犯してまで修正係の実行班に来る者はいない。
 修正係の仕事は時空を超えて事象を修正するのみ。ようするに、特定された事象に対し、時空を超えて過去に行き、その元となった原因を取り除くのみ。他に手を加えてはならない。
 それだけが仕事となる。
 命懸けではあるが、下手をすれば大幅に未来を変えてしまうだけに、必要最小限の修正に留めるのが常で、非常にデリケートな仕事だ。その特殊な任務のため、なる者が少なく、辞める者も多く、また、任務中に命を落とす者もいる。
 適性など無いに等しく、ただありのままを受け入れ、忠実に任務に没頭し、淡々と仕事をこなせる人材が求められる。
 そんな特殊な環境の中でも士郎がいまだに実行班でいられるのは、奇跡に近いと言えるだろう。
 士郎が適性だったというわけではない。どちらかといえば、士郎は、助けられるものならば、目の前で取りこぼされていく命を救いたいと暴走しかねない方だ。
 だが、戒めがある。
 未来を変えてはならない。
 それが絶対条件の足枷になっている。
 過去に向かい、災厄の原因を取り除くこと自体、未来を変えることになるのだが、それを最小限に抑え、修正する、という矛盾だらけの魔術協会の言い分がまかり通るのは、ひとえに現状の切迫した環境にある。
 このままでは生命が滅びる。それをどうにか回避するために、世界と魔術協会は僅かな修正だけを許容したのだ。
 そして、士郎は今、十年前の時空へと向かう。
 かつての自分がいる場所と時間。
 命を懸けて戦った日々へと、士郎は逆行する。
 士郎の生きる世界の災厄となる元凶を、完全に消滅させるために。



◇◆◇First Impression◇◆◇

 息を詰まらせ、階段を駆け上がる。背後を振り返る間も惜しく、ひたすらに床を蹴って逃げた。
 何から?
 自分が何から逃げているのかすら理解していない。ただ、本能が告げる。
 “逃げろ”と。
 でなければ、“殺される”と……。
 縺れる足をどうにか動かし、校舎の最上階まで来て、静まりかえった背後を振り返る。影も形もない。
 追われていたはずなのに、と、首を捻る。まだ逃げた方がいいとは思うものの、身体が限界を訴えていた。
「は……、っ…………はぁ、……はぁ、はあ……。なんだ、ったんだ、あれ……」
 教室の戸に片手をつき、追ってくる足音がないことに、少し安堵して息を整える。
「よう」
「ひっ!」
 情けない声を上げて振り返る。
 赤い。
 何が、とは、わからなかった。
 ただ、赤いもの。
 これが自分の見る最後のものだと、そんなふうに思う。
 ガッ、ギッ、ンッ!
 ギギギギギ……。
 金属のぶつかるような音と、軋む音。
 一度、瞬く。
 目の前に、黒い布地があった。
「え? だ、」
 誰何の声を上げる前に、
「テメェ、何者だ」
 静かだが、苛立ちを含んだ声が先に響いた。
「貫くのは、一度だけにしてくれよ、ランサー」
「なに?」
 黒い布地はミリタリーコートのようだと気づく。誰だとも、なぜだとも、いったい自分が何に巻き込まれているのかも、何もかもわからないが、その黒いコートの男らしき者は、目の前で、赤い槍を構えた物騒な男との間に立って、自分を助けてくれた。
「あの……、」
「逃げろ」
 フードを被ったままの顔が少しだけこちらを向いたようだが、顔は見えない。振り返りもせず言われた言葉に、足が素直に従う。
 槍を構えた男の赤い瞳がこちらを追ってくる。
 その視線を引き剥がすように前を向けば、もう駆け出した足は止まらなかった。



□■□2nd phase□■□

「はっ!」
 数度瞬く。
 耳に届いたのは、途切れることのない、何かがぶつかり合う音。自身の立つ場所は、建物脇の茂みの中。
「まっずい! はじまってやがる!」
 茂みに身を隠しつつ全速力で駆け、その光景を窺う。
 闇の中に、赤と青のぶつかり合い。
「くそっ! なんだって、こんなギリギリだよ!」
 時空を超える装置は、時間と場所を設定できるというのが士郎たち修正係の中では常識だった。だが、今回は違う。聖杯戦争の始まる二日前を設定していたというのに、戦争開始直前だ。したがって、士郎の予定が大幅に狂った。悪態をつきたくなるのも仕方がない。
 ほとんど声に出さずに文句を吐き出して、士郎は建物の入り口へと回り込む。
 私立穂群原学園。
 かつて自身が通った学校だ。
 この日、士郎は弓道場の掃除をしていて遅くなった。そして、その光景を見てしまった。
 サーヴァント同士の戦いを――――。
 驚きの最中、沸き立つ胸の熱さに戸惑いながら、赤い男に目を奪われていて、逃げるのが遅れたのだった。
「校舎の、最上階、だったな」
 記憶を辿りながら、士郎は階段を駆け上がる。剣戟の音が聞こえない。
 ということは、すでに的が絞られている。
「間に合え!」
 階段を上りきったところで、教室の引き戸に片手をついた少年と背後に赤い槍を掲げた青い男が目に飛び込んで来た。
「投影(トレース)開始(オン)!」
 唱えながら両手に双剣を構える。
 ガッ、ギッ、ンッ!
 ギギギギギ……。
 赤い槍を目前で捕らえた。
 士郎の持つ双剣は、白と黒の幅広の刃に、十手のような鈎がついている。その鈎と刃の峰がちょうど槍を挟み込んでいた。
「テメェ、何者だ」
 瞠目した男は赤い瞳を輝かせ、静かな口調だが、槍が動かせないことに、明らかに苛立っている。
「貫くのは、一度だけにしてくれよ、ランサー」
「なに?」
 困惑を浮かべ、眉をしかめた青い男・ランサーには答えず、背後の少年に、逃げろ、と伝えた。
 素直に駆けていく足音を聞きながら、音もなく現れた姿に目を向ける。
「な……ん……」
 逃げた少年以外に足音などなかった。だというのに、そこに一体のサーヴァント。ということは、気配を殺し、霊体で様子を窺っていた可能性が浮かぶ。
「お前……、いたのか、ここに……?」
 呆然と呟く。士郎は驚きを隠せない。
 かつてここで、この赤い槍に貫かれたとき、他には誰もいなかったと士郎は記憶している。
 だが、それは、見えていなかったというだけで、ここにはいたかもしれないのだ、静かに佇んで、貫かれる少年をただ見ていた者が、ここに……。
「アーチャー、お前、まさか、違う、よな……?」