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TWILIGHT ――黄昏に還る1

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 過去を知る士郎にとって、ここでの生存は疑いようがないことだが、今の時点で、すでに過去は変わっている。
 士郎の辿った過去は、学校でランサーに心臓を貫かれて凛に蘇生されるが、ここではランサーに貫かれる前に士郎が間に入った。
 その一段階を変えてしまったために、この先がどう転ぶか確定していない。
 コートのポケットに手を突っ込んで、赤い石のペンダントを握る。
「ここでリタイヤとか、やめてくれよ……」
 土蔵に逃げ込む過去の己をぼんやりと見ながら、間に合ってくれ、と祈った。
「死ぬなよ、衛宮士郎……」
 呟いたとき、土蔵の中に蒼白い光が満ち、ランサーが入り口に踏み込んだところで足を止めた。
 数瞬の後、庭に飛び出した青銀の騎士は、ランサーを圧倒し、たまらずランサーは、その宝具を撃とうとしている。
 よかった、と士郎は胸を撫で下ろし、自らの宝具を凌がれたことに、仕方なく退いていくランサーを見送った。
「…………」
 ふと近くの電信柱の天辺を見上げる。
 そこに何があるわけでもなく、暗い夜空に突き立つ電信柱が見えるだけだ。
 すぐに興味を失ったように顔を下ろし、士郎は衛宮邸の庭へと下り立つ。
 電信柱の天辺にあった気配は、士郎が視線を向ければ消えた。その正体はわかっていたが、それを追うよりも、今は先にやるべきことがある。
「何者だ!」
 負傷していてもその気迫は治まるところを知らない。青銀の騎士・セイバーは今にも斬りかかるような鋭い視線を向けてくる。
 過去において、こんなに厳しい目を向けられたことのない士郎は、少しばかりだが、たじろいでしまった。だが、いつまでも動かないわけにはいかない。
 セイバーの誰何には両手を上げて降参ポーズで応えた。
「な……」
 呆気に取られているセイバーに静かに口を開く。
「話がある。それと、頼みもある」
 訝しげに首を捻るセイバーは、土蔵から駆け出てきた己がマスターを庇うように間に立った。
「あ! あんた!」
「マスター、知っているのですか?」
「え? 知ってるっていうか、助けてもらった」
「悪いが時間が惜しい。話がある。中へ入ってもいいか?」
 士郎は家主を差し置いて促す。
「う、あ、ああ、そうだな」
 戸惑いながら、少年の衛宮士郎は二人を母屋へと招き入れた。


 衛宮邸の居間に入り、少し待っていてくれ、と少年はいそいそと熱いお茶を用意しはじめる。その間、セイバーとは座卓を挟んで睨み合っている。いや、睨んでいるのはセイバーだけで、士郎はじっと正座で少年が座卓につくのを待っていた。
 治癒の魔術など毛ほども知らない少年の代わりに、士郎がセイバーの傷を応急処置したものの、いまだに彼女は警戒を緩めてはくれないようだ。
「熱いから気をつけてな」
 士郎の前と、セイバーが片膝立てで待機している前、そして自身の前に、少年は、ことり、と湯呑を置いた。
「マスター、あの……?」
 困惑顔でセイバーが少年を窺う。
「あの、日本茶だけど、えっと、飲めるか?」
 金髪碧眼というセイバーの容姿から、日本茶でもいいかと確認を取る少年は、自身が見当違いな質問をしていることにも気づかない。
「い、いえ、あの……」
 セイバーはサーヴァントだ、飲食など必要がない存在。したがって、このような扱いを受けたためしがないために、戸惑いを隠せない様子だ。
 そんな二人を見るとはなしに見ていれば、この世界では士郎自身が異物なのだと思えて仕方がない。
(いや……、俺は……)
 あんな未来は要らない。
 崩壊寸前の世界など必要ない。
 生きとし生けるものが、ただ普通に生き、普通に死んでいく世界であってほしい……。
 ぐ、と膝に置いた拳を握りしめる。
(俺がやらなければならないのは……、……過去の修正だ!)
 唇を引き結び、被っていたフードを取る。
「そろそろ、いいか?」
 その声にこちらを向いた少年は、大きく目を瞠った。
「ああ、まあ、うん、驚くのは、無理ないよな……、えっと、だな……」
 驚いているのは少年だけではない、セイバーも碧い瞳をこぼさんばかりに目を見開いている。何しろ、年齢こそ差がありそうなものの、ほぼ同じ容姿の二人が相見えているのだから……。
「あー、落ち着いて聞いてくれ。まず、俺は、十年後の世界から時空を超えてきた」
「じ、時空……?」
「超え、て?」
 二人して訊き返され、士郎は苦笑いを浮かべた。
「うん、まあ、そうなんだ。それで、折り入って、二人に頼みがある」
「頼み?」
 やや眉をしかめて訊き返す少年を見つめる。
「セイバーを、譲ってもらいたい」
「え?」
「な……っ!」
 すぐさまセイバーは立ち上がり、身構えた。
「貴様ッ!」
「落ち着いてくれ、セイバー。理由を説明するから」
 静かに諭せば、セイバーは迷いながら、少年へと目を向けた。
「セイバー、話、聞こう」
 少年に言われ、セイバーは不承不承、構えを解いて腰を下ろした。
「ありがとう、セイバー」
「いえ。マスターの意思ですから」
 低く答えたセイバーは、まだ警戒を緩めていない。
「それで、その理由とは?」
 鋭く短く、セイバーは厳しい口調を崩さないまま問い質してくる。
「うん……、これは、口外しないでほしいんだけどな、」
 そう前置きして、士郎は自身の辿ったこれから先の未来のことを、大筋で説明した。

「え、……と、それって、俺たちが聖杯を壊せなかったからって、こと、なのか?」
 少年は見知らぬ少し先の未来のことに責任を感じているようだ。
「いいえ、マスター。それは私にも、そして、その時にマスターであった遠坂凛という魔術師にも責任のあることです。決してマスターだけのせいではありません」
 今現在において、ありもしない事柄に対する不必要な責任など背負わなくていいと、きっぱり言い切ったセイバーに、士郎は、ふ、と笑みをこぼす。
「セイバーは、やっぱり王さまだよな……」
「え? あ、あの?」
 ぽつり、とこぼせば、困惑気味にセイバーは士郎を見ている。
 彼女の警戒感は少し薄れてきたのか、睨んでくることはなくなった。
「誰のせいでもないんだ。俺たちが責任を感じることはない。そうなってしまったのは、本当に、何億分の一とかの確率なんだ。だからさ、振り返って嘆くんじゃなくて、前を向いて、これからどう動くのかを考えたい」
 士郎が言えば、少年とセイバーは顔を見合わせる。
「過去にわざわざ来た奴が、振り返るな、って……」
「ええ。矛盾していますね」
 ぬるい視線を送られて、士郎は、むっとする。
「な、なんだよ……」
「我ながら、抜けてるよな」
 少年は呆れたような顔で言った。
「お、お前に言われたかない!」
 思わず士郎はむきになってしまう。
「わざわざ過去にまで来て、あんたが一番振り返ってるんじゃないか」
「そ、そうだけどっ! つか、お前、俺より年下のクセに、なんで偉そうなんだよ!」
「年上って言ったって、あんたは俺なんだろ? 俺が俺に、なんだって気を遣わなきゃならないんだよ?」
「じ、自分だからって、目上の者にはなあ、」
「親でも兄でもないんだから、目上っていうのもおかしいだろ」
 衛宮士郎が本人同士で不毛な言い合いをしている。