陰陽師本丸の物語
小噺「聚楽第 いざ聚楽第へ」
監査官と判明した謎の男の来訪から一夜明け、第二部隊に所属する面々が出陣の準備を進めていた。聚楽第へと出陣するためだ。部隊編成はいつもの如く加州清光、大和守安定、和泉守兼定、堀川国広、歌仙兼定、へし切長谷部の六振。監査官は任務への参加は任意だと言っていたが、それが誰かの為になるのならば見過ごすことなどできはしない、仮令自らの命を犠牲にしても———彼らの主はそういう人柄である。任務が通達された時点で参加しないという選択肢は無い。
彼らの出陣準備が整い終わりかけた頃、近侍を務める燭台切光忠がやってきた。
和泉守「よぉ、燭台切。見送りか?」
燭台切「うん。主から預かったものもあったからね。」
歌仙「おや? 浮かない顔をしているね。せっかくの美形が台無しだぞ。」
歌仙の言う通り燭台切の表情はいつになく暗かった。それに加え、普段はビシッと伸ばしている背筋が今日はどこか頼りない。
加州「らしくないよ。どうしたの?」
堀川「そうですよ。あ! 鶴丸さんがまた何か悪戯を?」
大和守「懲りないね、鶴丸さんも。」
皆が心配して声をかける。しかし、燭台切の表情は浮かないままだ。彼らのやり取りを見つめていた長谷部は、はぁ、とひとつ息をすると燭台切の元へ歩み寄り、彼の目をまっすぐ見据えた。
長谷部「言いたい事があるなら言え。」
燭台切は何も答えない。長谷部はさらに燭台切に詰め寄る。
長谷部「何か思ってることがあるんだろう。ほら言ってみろ。」
燭台切「長谷部くん……。」
加州「長谷部は直球なんだから。こーいう時は悩みを打ち明けやすい場の空気を作るのが大事なんじゃないの。」
長谷部「こいつの場合は無理矢理にでも言わせた方が良いんだ。でないと、変に気を遣って自分の中に溜め込むからな。まったく面倒な奴だ。」
加州「そっか、そっか。じゃあ、俺も長谷部に同意で。ほらほらー、何考えてるのか教えて。」
加州も加わり二振で燭台切を問い詰める。燭台切は二振の熱量に負け「参ったな」と苦笑すると、抱えていた思いを口にする。
燭台切「申し訳ないなと思ってね。」
長谷部「申し訳ない? 何の話だ。」
大和守「え!? あの燭台切さんでも、長谷部に怒られるようなことを——!?」
和泉守「お前は少し黙ってろ。」
燭台切「ははっ、違うよ。——今回の出陣の件、かな。」
少しの間、自分の考えをまとめるように目を伏せた後、ゆっくりと続きを話し出す。第二部隊の面々は静かに耳を傾けていた。
燭台切「僕はいつも君たちに負担をかけてばかりだと思ってね。本丸が発足して暫くの間は練度も君たちには到底及ばないし、だから、何が起こるか分からない新たな戦場には精鋭揃う第二部隊を出陣させる。それがこの本丸の皆の暗黙の了解になっていった。当然の流れではあるんだけど……。僕はね、いつも自分を不甲斐なく思っていたんだ。僕も刀剣男士なのに主や君たちに守られているだけじゃないのかって気がして——。情報が何も無い状況での出陣は危険極まりない。その危険に身を晒すのはいつも君たちじゃないか。僕には何もできないのか? 顕現したての頃は確かに何もできなかっただろう。でも今は……今は違う。僕は——僕たちは強くなった。僕ら第一部隊も今は君たちに遅れをとらないまでに成長した……成長したはずだ! なのに、今回もこうして君たちに任せてしまっている——!」
思いを打ち明けているうちに気が高ぶってきたのか、最後は声を荒げていた。燭台切は自分の大きな声にハッとし、「ごめん、取り乱しちゃったみたいだ」と一言謝った後、また黙りこんでしまった。気まずい沈黙が訪れる。
長谷部「今更だな。」
沈黙を破ったのは長谷部だった。それくらいのことで悩んでたのか、と呆れ顔だ。
長谷部「そもそもこれは主命だ。お前は主のご判断を否定するつもりか。」
燭台切「違う。」
堀川「燭台切さんは考え過ぎなんですよ。僕たちは誰一振とて、燭台切さんや他の皆さんを不甲斐ない奴らだなんて思ってません。」
加州「そーそー。むしろこの大役を賜われるのが誇り高いくらいだし?」
歌仙「新たな戦場の調査は僕たちの役目だ。僕らの本丸はずっと、そうしてきた。それで上手くいかなかったことがあったかい?」
加州「それにさ、俺たちも燭台切に近侍の任を押し付けてるようなもんじゃん。——始めの頃は、俺たちが第一部隊で燭台切たちが第二部隊。途中から新たな遠征先を調査するために、編成を入れ替えて今の編成になってる。元々の近侍は俺。まぁ、兼さんの時もあったけどさ。本来なら、俺が近侍をやらないといけない筈でしょ。だーかーらー、迷惑かけちゃってるのはお互いさまだって。」
燭台切「それでも僕は——。」
和泉守「あぁ、もう良いんだよ俺たちはこれで。あーだこーだ考え過ぎんな。ってか『代わりに行かせてくれ』と言われて素直に編成を代わってやるやつはこの部隊にいねぇよ。頑固なやつばっかなんでな。」
大和守「うんうん。頼まれても代わるつもりないですから。」
和泉守「ははっ。——だそうだが?」
そこまで言われても燭台切はまだ納得がいかない様子だった。
燭台切「今回の出陣はいつもと勝手が違うだろう? 監査官が付くだとか、出陣したらしばらく本丸には帰って来れないとか——そもそも、出陣先も政府が隔離していた歴史改変された世界だなんて聞いたことがない。後で政府から届いた通達にも『破壊の危険性有り』と何回も書いてあったじゃないか。僕は、君たちが行ってしまったら、もう二度と本丸に戻って来れないんじゃないかと———それが……怖いんだよ。」
歌仙「燭台切……。」
長谷部「お前もなかなかに頑固だな。」
燭台切「ごめん……。」
長谷部「今回の出陣はただの様子見だ。どのような戦場か把握でき次第、戻ってくる。主からも少しでも怪我を負うようならば即刻帰城せよと言われているしな。」
大和守「パパッと済ませて戻って来ますから、燭台切さんは夕餉の準備でもしながら待ってて下さい。美味しいの、期待してます!」
加州「あ、俺あれがいいな。ミネ…なんとかの赤いスープ!」
和泉守「赤いスープっておい……おどろおどろしいだろ。」
歌仙「雅じゃない。」
加州「仕方ないじゃん。名前忘れちゃったんだから。」
堀川「ミネストローネ、だよ。ですよね、燭台切さん。」
長谷部「はぁ……ここには馬鹿しかいないのか。士気が下がった。ちょっと一発、鶴丸国永を殴ってくるから待ってろ。」
和泉守「ふはっ、とんだとばっちりじゃねぇか。」
歌仙「日頃の行いだね……。鶴丸、ご愁傷さま。」
これから得体の知れない戦場へ赴くというのに、彼らはいつもと変わらない。彼らなら大丈夫——段々と不安が小さくなっていくのを燭台切は感じていた。自然と笑みもこぼれ出す。
燭台切「ありがとう、皆んな。堀川くんの言うように僕はちょっと考え過ぎてたみたいだ。僕は本丸で皆んなの帰りを待ってるよ。とびっきり美味しいミネストローネを準備して、ね。」
加州「やった!」
歌仙「うんうん。やはり君はそうやって笑っている方が良い。」
長谷部「まったく出陣前に気を揉むことになるとはな。」
燭台切「ご、ごめんね、長谷部くん。」