TWILIGHT ――黄昏に還る2
「は、はい。私は前回の聖杯戦争に参加しました、その時に……」
「ああ、悪い。ギルガメッシュのことは、セイバーにも言ってなかったよな。あいつが最終的に戦う相手になる。受肉していて、言峰と行動をともにしているっていうか……、俺にもあいつの考えてることは、よくはわからないけど、とにかくあいつは聖杯を使って、災厄を起こしたがっているんだ。だから――」
「なぜ貴様に指図されなければならない」
話の腰を折って、アーチャーは不機嫌に漏らした。
「ちょっと、アーチャー、今さら、なに我が儘言ってるのよ」
「重要なことだ、凛。並居るサーヴァントをなぜこの男が従える? 私は納得できないが?」
「もー、そんなこと言い出したら、振り出しに戻っちゃうじゃない」
「私はマスターに従うだけだ。こいつに従うつもりは毛頭ない」
凛に窘められようとも、アーチャーは前言を撤回する気はないようだ。
雲行きが怪しくなってきたが、誰も口を挟まない。士郎の力量を図ろうとでもいうのか、他の者たちはアーチャーに与するでもなく、静観を決め込んでいる。
「は……、ガキみたいにむくれてるけど……、そんなの、決まってるだろ。未来を変えるためだ」
士郎はきっぱりと言い切った。この点で、士郎にブレはない。
「なぜ私が貴様と協力してそんなことをし――」
「できるよなぁ? 守護者サマ?」
「む……」
士郎が笑い含みで言えば、アーチャーは苦虫を噛み潰したような顔で何も言えなくなる。
アーチャーは凛のサーヴァントである以前に、霊長の守護者という存在だ。その守護者たるもの、この先の未来で人類に多大な損害を与えるという聖杯を放置するわけにはいかない。
士郎が私怨に囚われるなと言ったのは、まさしくその通りで、アーチャーの真の目的は、聖杯戦争に凛を勝たせ、なおかつ衛宮士郎を抹殺することだった。しかも、私怨と言われても仕方のない理由でた。
であれば、聖杯の破壊は公の仕事といえる。アーチャーが、いや、英霊エミヤが本来やるべき仕事であるはず。そこを突かれてしまえばアーチャーは、たとえ腑に落ちずとも、諾と頷かざるを得ない。
覚えていろよ、とは口に出さず、アーチャーは士郎を睨み返し、承知した、と静かに答えた。
「まあ、アーチャーが俺に従う理由はない、って言うのはもっともな話だと思うよ。やっぱり、あんたらサーヴァントは、俺に従う義理はないって思ってるよな?」
頷きはしないが、キャスターもライダーも、そしてアーチャーも、そうだ、とその表情が物語っている。
「そうだとは、思う。だから、一応……」
言いながら士郎は、コートのポケットにしまいこんでいた物を取り出した。キャスターが僅かに反応を示す。
「はは、キャスターには説明したっけ?」
顎を引くに留まるキャスターには、にっこりと笑みを作り、士郎はライダーとアーチャーを交互に見据える。
「あんたたちにも必ず協力してもらう。否やはなしだ。邪魔する気なら、ここで、これを使う。脅しじゃない、俺は常に本気だ」
セイバーとキャスター以外の者は、意味がわからないとでも言いたげだ。
「魔術協会の技術部が粋を結集させて造り出したものだ。多少風圧でやられるかもしれないけど、人に害はないよ。でも、ここにいる英霊は、……違うぞ?」
目を細めた士郎が薄く笑みを浮かべたのに、サーヴァントたちは固唾を飲む。
「魂核を破壊して存在は消える」
わかるほどではないが驚いているのが感じられる。
「脅しだと思うか? 俺の仕事は未来を変えること。何がなんでも俺は変えなきゃならない。そのために過去(ここ)まで来たんだ」
並みいる英霊たちを見据えて宣う士郎に、サーヴァントたちはそれほどの反応を示さない。
「自分には関係ないってツラだな? ああ、関係ないさ。あんたたち英霊には、何も。ただ俺は未来のためだけにここにいる、任務が完了するまで俺はここに……。帰ることができないからな。
任務完了と同時に帰るための…………、未来への扉が開きはじめる。俺が自分の生きる世界に戻るには、任務を完遂するしかない。手前勝手だってことは承知の上だよ、それでも、」
「あの……、ちょ、ちょっと、待って。どうしてそんなに未来を変えようとするの? いくら聖杯が諸悪の根源だからって、普通、未来を変えちゃいけないって言われるはずでしょ? それに、わざわざ過去に来てまでって、ちょっと正気の沙汰じゃないわよ……」
凛が堪らず口を挟んできた。
聖杯を壊さなければならない、という士郎の仕事の内容は聞いてはいたが、なぜそこまで士郎が固執する必要があるのかを、凛はまだ聞いていない。
「…………あんな未来なら……、いらないからだ」
「え……?」
「未来がどうしてもあそこへ向かうなら、俺は何度でもこの時空に来る。そうして、やり直す」
「な……」
「わからないと思う。自分勝手だってわかってる。あんたたちを巻き込んでるのは、ただの俺のエゴだ。あんたたちには、ほんとに関係ない話だ。それでも俺は、やらなきゃならない。たとえ、一人になったとしても。
けど、俺一人では限界がある。ランサーを味方にすることも、ギルガメッシュを倒すこともできない。だから、協力をしてほしい。未来を変えてほしい。あんたたちが築いてきた世界を終わりにしないでほしい」
頭を下げた士郎に、誰も言葉を発しない。
沈黙の中で、士郎は唇を噛みしめる。わかってもらおうと思っていたわけではないが、これほどまでに理解を得られないものだったかと、今さら打ちのめされている。
(わかってた……、当たり前だ、俺が頭を下げたって、ここにいるみんなには関係のない話なんだ……)
膝に置いた拳を握りしめたとき、
「仕方がないわね。私は何をすればいいのかしら?」
キャスターが口を開いた。
「え?」
士郎としては、予想外だったために、つい耳を疑ってしまった。
「聖杯を壊した後は好きにすればいいと言ったわね。その話に乗るだけよ。別に、あなたの与太話に感化されたわけではないわ」
「与太話って……」
苦笑をこぼしつつも、士郎は礼を言った。
「私はマスターと桜を守ればいいのですね? もとよりそのつもりですが」
「あ、ああ」
ライダーに頷く。
「ぼ、僕は、協力するなんて、言ってない、からな」
憮然と言う慎二には、屋敷に籠って身を守れと散々脅して、すでに言い聞かせている。ギルガメッシュに与しないなら、それだけで十分だと士郎は答えた。
「何よ。もう、みーんな話がついているんじゃない」
凛が面白くなさそうに言う。
「あ、えと……、一応……」
気まずくて言い澱むと、
「だったら、私たちだけね。ね、アーチャー?」
凛に訊かれ、アーチャーは、む、とした顔のままで反応しない。
「やるわよね?」
「……魂核の破壊などという脅しが、私に効くとでも思っているのか」
凛に念押しされて、アーチャーは、ぼそり、と口を開く。
「思ってるわけないだろ」
当然だとばかりに答える士郎に、アーチャーは大きなため息をこぼした。
「聖杯の破壊まで、付き合ってやる」
「ふふ。そう言ってくれると思ってたわ、アーチャー。それじゃあ、あとはどう攻めるか、の相談ね?」
「あ、うん」
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る2 作家名:さやけ