TWILIGHT ――黄昏に還る2
士郎は明るく笑う。セイバーは、ほっとするのと同時に、何やら胸が痞えてきてしまった。
「シロウ、マスターのことですが……」
「うん? どした? 喧嘩でもしたのか?」
「いえ、違います。……私はマスターと喧嘩など、できません。我々は、そのような関係ではありませんから」
「ふーん。主従関係ってやつ? そういうの、俺もだけど、あいつも気にしないと思うけどなぁ」
朝食を作る手を休めずに士郎は答える。
「あなたとマスターは違います」
「違う?」
きっぱりと言い切ったセイバーに、士郎は振り向いた。
「何か、マスターは……、うまく言葉にできませんが、どこか……」
「あー、うん。あいつ、そうだよな……」
「シロウ? そうだ、とは、どういう?」
「うん、なんかさ、この前、イリヤと公園で会っただろ? あの時さ……、なんか、可哀想だなって、思ったんだ」
「可哀想……?」
「あいつが自分の未来だってことは置いといてさ。単純にあの場にいて、そう思った。俺、あいつが何に苦しんでるかとか全然わからないけど、いろいろあると思うんだ。だって、過去の修正なんてさ、絶対に未来が変わっちゃうだろ? なのに、極力未来を変えずに過去を修正しろなんて任務、むちゃくちゃだよ。だけどあいつは、それを必死にこなそうとしてる。過去に自分が辿った事柄を追いながら、できるだけ変えずにって自分の気持ちを置き去りに……。きっと助けたかった人とか……、いるんだと思う」
「それがイリヤスフィールということでしょうか?」
「たぶん」
「救えなかった、というのでしょうか……」
「きっとそうだと思う」
「ですが、マスターは、淡々と聖杯のことを語っていました。確か彼女の心臓をライダーのマスターに埋め込み、聖杯が動き出したと……」
「あの時はさ、まだ、こっちに着いてすぐだったから、きっと任務のことで頭がいっぱいだったんだろ。けど、今はさ、過去に関わった人たちとまた関わってるんだ、セイバーとずっと一緒にいて、いろいろ思い出したんじゃないかな」
「……シロウは、マスターのことをよく理解しているのですね」
「そうかなぁ? 全然わかってるとはいえないと思うぞ? っていうか、俺の未来なんだから、わからなきゃ、おかしいんだろうけど、普通」
士郎が笑い含みで言えば、セイバーも、くすり、と笑う。
「あー、腹減ったぁー」
大あくびとともに居間へと入って来た青年に二人は顔を向けた。
「おはようございます」
「おそいぞ、居候」
「お、おはよう、セイバー。って、なんだよ居候って……」
セイバーに答え、士郎には文句を言う青年は眠そうな目を擦っている。
「さっさと顔洗ってこい。もうご飯だから」
士郎が指示を出すと、青年は、不承不承、居間を出ていく。
「ずぼらになるもんだな、大人になると。朝寝坊とか、したことないぞ、俺」
八時半を過ぎた時計に目を遣って、ため息をつく士郎にセイバーは笑みをこぼす。
「ふふ、マスターはシロウに甘えているのですよ」
「えっ? そんなわけないだろ?」
「シロウが朝ご飯をきちんと用意してくれるとわかっているので、マスターは朝寝坊ができるのだと思います」
「そうかなあ? 休日だからって、俺、こんな時間まで寝ないけど……」
ブツブツとこぼしながら、士郎は三人分の朝食を座卓に並べていった。
朝食が済み、一宿一飯の礼だからと食器洗いを青年がかって出たため、隣で洗い終わった食器を布巾で拭いていた士郎は、ふと見上げてみる。
その横顔は、自分よりも頭一つ上にある。士郎は青年の肩くらいまでしか身長がない。
(背、これから伸びるのか……)
少し安堵した。このまま成長が止まってしまったらどうしようかと、もう少し身長がほしかった士郎は、ついほっとする。
「なんだよ? じろじろ見て。なんか付いてるか?」
「いや、背、伸びるんだなーって」
「お前は伸びないかもな」
「なんでだよ!」
「いてっ!」
脹脛を軽く蹴ってやれば、上から琥珀色の瞳が睨んでくる。
「蹴るな、ガキ」
「ガキじゃない」
「すぐムキになるところがガキだ」
「あんたもな」
「口が減らないな、若いのに……」
わざとらしく嘆く青年に、士郎は小さく笑う。
「あんただって、まだ若者のうちだろ?」
「アラサーなんざ、ティーンエイジャーと比べたら、おっさんだろ」
「ティーンエイジャーって……、言い方がおっさんだな」
呆れながら言えば、
「言ってろ」
青年は不貞腐れてしまった。
(そういうとこ、俺よりもガキっぽいけど……)
不機嫌そうな横顔を見上げて目を据わらせていれば、不意に真顔になる。
「明日、ここを借りてもいいか?」
「え?」
「作戦会議、って大層なことでもないけど、協力者と顔を合わせておきたい」
「じゃあ、俺は部屋にいるよ。出てきたら面倒だろ?」
「そうしてくれ。俺はここを乗っ取ったってことにしておく。セイバーには最優先でお前の守りに向かうように言ってあるから、安心しろ」
「あんたの守りはどうするんだよ? サーヴァントが何人も来るんだろ?」
「俺のことはいい。なんとかなるから。お前は、自分の身の安全を確保してくれ」
「足手まといになるなってことだな」
「理解が早くて助かるよ」
笑ったような横顔は、どこか苦しそうだと士郎には見えた。
(あんたは、いつもそんな笑い方しかできないのか……?)
心中で問いかけてみる。
答えなどないことはわかっているが、そう問わずにはいられなかった。
***
衛宮邸に集ったのは、遠坂凛とアーチャー、間桐慎二とライダー、そして、士郎とセイバーとキャスターだ。
士郎は慎二がいる手前、フードと市販のマスクで顔を隠している。キャスターと同じように顔を晒さず、士郎はそのまま話を進めていた。
「ランサーのマスターは、言峰綺礼だ。言峰は聖杯戦争の監督役だけど、マスターとして裏で画策している、と思う。初見は引き分けて退けってランサーに命令していて、得体が知れない。だから、ランサーとの接触は積極的にはしてないんだ。言峰に知られれば、足下を掬われかねないからな。それで……だな、バーサーカーの方は説得できなかった。たぶん、イリヤスフィールは、もう……」
「なによ、イリヤスフィールがどうしたのよ?」
凛が少し不機嫌な声で訊く。
「聖杯の、核として……」
視線を落とした士郎の代わりにセイバーが口を開いた。
「おそらく、もう心臓を奪われているはずです」
「な……」
凛は絶句する。
「ひっ!」
慎二は短い悲鳴を上げた。
セイバー以外のサーヴァントたちに動揺は見られない。だが、その中で、微かにアーチャーが苦々しい色を頬に浮かべたように感じられた。
「……そういうわけで、あとは魔術師の身体が揃えば聖杯が動き出す」
気を取り直し、士郎はきっぱりと告げた。
「ライダー、間桐慎二と桜を守れ。一番狙われそうなのは二人だ。キャスターもマスターの守りを怠るな。あとは邪魔しないならいい。それで、アーチャー、お前にはギルガメッシュの相手をしてもらうから、そのつもりでいてくれ」
「なに?」
「な! ギルガメッシュ?」
腰を浮かせたセイバーに凛は首を傾げる。
「セイバー、知っているの?」
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る2 作家名:さやけ