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TWILIGHT ――黄昏に還る2

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 青年が泣きそうだと思ったが、その頬は濡れてはいなかった。けれど、なんだか寒そうに思えて、顔を隠すついでのマフラーを巻いてやればいいと思った。
 それでも、まだ青年は寒そうだった。
 憤りながら、悔しさと、焦りと、ままならない現状に、拳を震わせて、必死になって、自分自身を抑え込んでいる。
「苦しいよな……」
 自分ならばきっと耐えられない。
 目の前で救える命があるのなら、走り出してしまいそうだ。たとえ、自身が危険に冒されたとしても。
 だが、青年は違った。彼は、仕事を最優先にしている。
「それが、大人になるってことなのか……?」
 それとも、強い願いは、いつか抑制することもできる願望に変わってしまうのか……。
 どちらにしても、今の士郎には、到底、飲み込めない現実だと思えた。
「俺には、無理だな……」
 青年のように、仕事だと割り切ることができない。
「大丈夫かな……、あいつ」
 心配になる。
 無理を重ねた青年は、これからどうなるのだろうと、そんなことが気になった。



***

「キャスターが拠点としている場所を知っているのですか?」
 商店街の外れの小さな公園でイリヤスフィールを見送った後、すぐに士郎はキャスターに話を持ちかける、と決めて動き出した。
「ああ」
「それは、ど…………、いえ、なんでもありません」
 セイバーは、言いかけた言葉を飲み込む。どこにあるのか、と訊きたかったが、今向かっているのだから、いずれわかる。あれやこれやと気安く訊くのは良くない、とセイバーは口を閉ざした。
「柳洞寺。俺の友人の寺だ。そこにキャスターがいる。マスターとともに」
 淡々と説明する士郎に、セイバーは何を言えばいいかわからない。
 イリヤスフィールと別れて、明らかに士郎の雰囲気が変わったとセイバーは感じた。
 今までは、どことなく呑気、というものでもないが、切迫した感じはなかった。だが今は、ピリピリとした、張り詰めたものが感じられる。
 士郎が固く決意したのだと理解できた。つい先ほどまではどこか迷いがあるように思われたが、それが今は全くない。
「マスター、キャスターを倒しますか?」
 士郎の意思を汲み取ったつもりでセイバーは訊くが、
「いや。話し合うだけだ」
 きっぱりと士郎は言い切る。士郎の考えは一貫している。
「ですが、キャスターは何か罠を――」
「かもしれない。けど、必ず応じてもらうからさ」
 不器用な、笑みとも言えないその表情は、見ているのが苦しくなった。
「マスター……」
 その先の言葉がセイバーには続けられない。
 “もう、いいのではないですか?”
 未来のことも、この現在のことも、貴方が苦しむことはないのではないかと、セイバーは喉まで出そうになる言葉を飲み込む。
「キャスターのあとは、ライダーかなぁ……。なあ、セイバー?」
 士郎はやけに明るく話す。それが無理やりのカラ元気だということくらい、セイバーにもわかっていた。
「えっと、それから、ランサーもだな、それから…………アーチャーも……」
 明るかった声が沈んでいく。
「マスター?」
「あ、いやいや、先走るのは失敗のもと! 一つ一つ確実に、だよな!」
 沈んだ声はまた明るく……。
 セイバーは、そうですね、と頷くことしかできなかった。



***

「山門の前にはアサシンがいるのですね? 剣の使い手、だとか?」
「ああ。剣っていうか、刀だけどな。バカみたいに長いやつだ。けど、戦闘は極力避けてくれ。俺は話がしたいだけだから」
「わかりました」
 セイバーが頷くとともに、石の階段を駆け上がる。
 柳洞寺の山門が見え、その前に立つ和装のサーヴァント・アサシンがこちらを見下ろしている。
「ここを通すわけにはいかぬ」
「そうだよな、知ってるよ……。けど、キャスターに話がある。呼んでくれないか?」
 士郎の言葉に訝しげに眉根を寄せたアサシンは、ふ、と口元だけに笑みを刻んだ。
「あいにく、門番をしろと言われているが、取り次ぎをせよとの命は授かっていないのでな、」
 柄に手をかけたアサシンに内心身構えながら、士郎は戦う気はないとばかりに棒立ちを貫く。が、後ろに、ぐん、と引き倒された。
「な? セイ――」
 眼前を銀の刃が過ぎる。
「ふ……、仕損じたか」
「マスター、下がってください」
 セイバーの声が切羽詰まっている。
「待て、まだ、」
「マスター! 下がって!」
 セイバーの有無を言わせない声に、士郎は引かざるを得ない。
 睨み合う菫色の侍と青銀の騎士は、打ち合っているわけではないというのに、ピリピリと空気を揺らしている。
(これが……)
 間近で見るサーヴァント同士の戦い。アーチャーとランサーの戦いもすさまじかったが、目の前で繰り広げられる、この静かな攻防もまた、人ならざるものたちの領域だ。
「っ…………」
 どちらかが気を抜けば、おそらく、勝負は一瞬で決まる。士郎はそう思った。
「セ……」
 声をかけようとしたが、士郎は押し黙る。ここはセイバーを信じて待つより他ない。彼女がこんなところで倒れることなどありえないと、士郎は邪魔にならないよう石段の脇へ退いた。

 幾合打ち合ったかも知れず、刻々と時間だけが過ぎていく。士郎はただセイバーの勝利を信じて待つのみだ。
「いつまで続くのかしらねえ」
 不意にこの場にそぐわないような、おっとりとした声が山門の辺りから聞こえ、一同、そちらへ目を向けた。
 ローブを被り、山門の前に佇む姿は士郎とあまり大差がない。顔を隠したいというのは、お互いさまのようだ。
「キャスター……」
 見覚えのある姿。
 士郎は彼女に聖杯戦争でセイバーを奪われた。
 新都で無関係の人々の生気を吸い上げ、人質を取って自身を有利に持っていくやり方に、あの頃も今も虫唾が走るが、今は昔のことを云々するわけにはいかない。
 アサシンとセイバーは睨み合ったまま互いの隙を狙っている。士郎は二人を邪魔しないよう、山門のキャスターへと声をかけた。
「緊急の用だ。危害を加えるつもりはない。難しいとは思うが、腹を割って話したい」
「あら、ずいぶんと殊勝ねぇ」
 くすくすと笑う声は、やはり、士郎を不快にさせる。それを押し殺して続けた。
「聖杯を壊したい。協力してくれ」
 単刀直入に士郎は告げた。うだうだしている暇はない。キャスターと問答する気もないし、時間が勿体ない。こうしている間にも聖杯を起動させる術が整っていっているはずだ。
「聖杯を壊す、ですって? 何を言っ――」
 士郎は十センチほどの筒状のものをポケットから取り出した。
「……なんの、真似かしら?」
「対魔物用小型爆弾」
「え? なんですって?」
「ダイナマイトみたいなものだ。ちなみに効果は、魔物、まあ、サーヴァントも含まれるな。そいつの魂核を粉々に破壊する」
「な……、何を、それでは、あなたも、」
「俺は人間だ。何も問題はない。被害を被るのは、ここにいるあんたとアサシン、それからセイバーだ」
「そ、そんなことをしたらあなたのサーヴァントまで巻き添えに、」
「承知の上だ。このくらいしないと、あんたは信じないだろ?」