TWILIGHT ――黄昏に還る2
「……危害を加えるつもりはないとか、話し合いたいとか、大層なことを言ったわりには、結局それなの? それは脅しのつもりなのかしら? 馬鹿にするのも――」
「本気だよ、俺は」
「口にするのは簡単ね?」
キャスターは士郎の言を鼻で笑った。
「俺はセイバーを失いたくはない。こんな愚かなことをさせないでくれ」
真っ直ぐに見上げれば、キャスターは僅かに首を傾け、士郎を推し量っているようだ。
キャスターは何も言わず、士郎も言葉を発しない。
しばし睨み合いが続いた。そして、
「はぁ……。一応聞いてあげるわ。どうしたいと言うの?」
キャスターが根負けしたようにため息をつく。
「あんたも知っている通り、ここは霊脈になっている。聖杯は必ずここで顕現する。まず、寺にいる人間の避難を。それから、あんたのマスターもだ。葛木宗一郎を危険な目に遭わせたくはないだろ? 一緒に逃げて、どこへなりとも行けばいい」
「ど、どういう、ことなの?」
隠し通していたはずの自身のマスターを名指しされ、キャスターは動揺を隠しきれていない。
「あんたたちの動向なんか知ったこっちゃない。俺には聖杯の破壊っていう仕事があるだけだ。お前が現界しようが街で魔力を貪ろうが、度を越さない程度なら好きにしろ。それから、こいつも解放してやれ」
アサシンを示して言えば、キャスターは困惑しているのかすぐには答えない。
「あんたなら、すぐに霊脈を見つけられるだろ。冬木には大小の差はあるが、いくつかの霊脈が存在するって聞いた。葛木と一緒に暮らすくらいの霊脈なら、簡単に見つかるだろ」
「…………あなた、何者? ずいぶん、事情通なのね」
呆れとも恐れともつかない声音で訊かれ、士郎は答えに困る。
「まあ……、一人のマスターってことに、しておいてくれ」
言って、士郎は石段を下りようとする。
「ま、待ちなさい! まだ、返事をしていないわ!」
「あんたの顔見ればわかる。俺の話に乗る気満々じゃないか」
笑い含みで言えば、ローブに半分隠された白い頬が、少し色づいたように見えた。
「セイバー、アサシン、まだやるのか?」
すでに睨み合いをやめ、気を削がれた感の否めない二体のサーヴァントに訊けば、セイバーはアサシンに一礼して士郎に続く。
「いいのか? 楽しくなってたんじゃないのか?」
「そんなことはありません! た、楽しんでなど……」
「そうか? あいつは楽しそうだったけどな?」
アサシンを示して言えば、
「私は断じて楽しんでなどいません!」
セイバーは、きっぱりと言って、ムッとしていた。
***
「マスター、キャスターのマスターを知っているのですか? それに、キャスターの事情にも詳しいような?」
並んで歩く士郎に訊けば、士郎はアスファルトを見つめながら小さく頷く。
「あー……、うん…………、なんとなく……、キャスターは、聖杯とかよりも、マスターである葛木と一緒にいるだけでいいのかなって……」
「それは、マスターが十年前に知ったことなのですか?」
「知った、っていうか……、俺が勝手にそう思っただけだ……」
目を伏せたその横顔を、セイバーはじっと見つめてみたものの、なんら読み取れるものはない。だが、危なっかしいと思えた。セイバーには、士郎が綱渡りをしているように見える。
「そんな……、そんなあやふやな理由で、私に手を出すなと言ったのですか? マスター、それは、危険です! たとえマスターの過去ではそうだったとしても、今は違うかもしれないではないですか!」
心配が裏返って、厳しい口調になってしまう。
「でも、うまくいったろ?」
目元を細めて士郎は笑ったようだった。
「今回がそうだったというだけです!」
「ああ……、そう、だな……」
こちらを向くことのない琥珀色の瞳がいったいどこを見ているのか、セイバーにはわからなくて、焦燥感に襲われる。
「……まだ、バーサーカーのマスターのことを気にしているのですか? 彼女のことは、」
「してないよ」
「マスター、隠すことなど――」
「してない」
きっぱりと言い切る士郎が、やたらと痛々しく見える。
「セイバー、心配しなくていい。もう感情に左右されるのは、やめにするから」
「な……、そ、それでは、マスターが……、」
「セイバー?」
「…………いえ、なんでもありません。私は貴方のサーヴァントです。貴方の意志に従います」
「――――な」
微かな声が聞き取れなかった。
「え? マスター? 今、なんと?」
「なんでもないよ」
にこり、とこちらを向いた表情は、笑っているようであるのに泣き顔に見えた。
(マスター……)
すべてを話してくれればいいのに、とセイバーは思わずにいられない。
その胸の内に何を溜め込んでいるのか、一人で抱え込まず、少しでも自分に分けてはくれないか、と。
だが、士郎は何も話しはしないのだろう。それだけはわかっている。
十年前に聖杯戦争でともに戦ったという話は聞いた。自身が壊しきれなかった聖杯の欠片が残ってしまったのだということも。その事実だけを語った士郎は、彼自身が何をどう思ったのかなど、その真実というべき内実を語りはしなかった。
士郎自身の考えも想いも、そんなものは関係のないことだとばかりに置き去りにしている。
(ですが、私は……)
セイバーは知りたいと思う。
はじめは納得のいく契約ではなかった。
少年から奪うように契約を変更された。
自身を召喚した少年からも言われ、セイバーは渋々士郎と契約した。
そうして今、セイバーは彼の内情すら心配するほどに傾倒しているのを自身でもヒシヒシと感じていた。
□■□4th phase□■□
昼食を終えて、セイバーとともに衛宮邸を出る。
「次はライダーですか?」
こくり、と頷き、
「キャスターは、積極的に協力はしないけど、邪魔もしないそうだからな。次は慎二だ」
「シロウの友人だとか?」
「ああ。もう魔術師の家系としては廃れているんだけどな、養子の妹がいて……。召喚したのは妹の方」
間桐桜は魔術師である。
士郎がそれを知ったのは、聖杯戦争が終わって、半年ほどが過ぎてからだった。確か、高校三年生の夏休みに入ってすぐのころ。
不意に桜から打ち明けられた真実を、士郎は驚きながらも、ただ聞いていた。
黙っていたことをずっと心苦しく思っていたのだと、ライダーを使ったのは兄の慎二だが、そのライダーを召喚したのは自分だと……、桜は半泣きで語っていた。
そして、そこにたまたま加わった凛との食後の団欒で、彼女たちが実の姉妹なのだと打ち明けられた。魔術師の家では養子縁組などざらにあることだから、と凛は強がっていたが、士郎には思い当たる節がある。
高校二年になった頃から、やたらと弓道場の近くで凛と遭遇していたのだ。
その理由に、だからか、と一年遅れで合点がいった。あれは、弓道部で活動する桜(いもうと)をこっそり見に来ていたのだと。
凛だけではなく桜も、衛宮邸で夕食をとるとき、片付けをするとき、いつも凛を何か言いたげな顔で見ていた。
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る2 作家名:さやけ