TWILIGHT ――黄昏に還る2
「ああ、ランサーに使ったのを見られた。まあ、目くらましくらいにしかならないからさ、俺のとっておきとかじゃないよ」
「ですが、貴方にとって、有効な防衛術なのではないのですか? 他に戦う術は、対を成す剣のみなのでは?」
「ほんと、セイバーって……」
痛いところばかりをついてくれる、とは口にしない。
「私が、なんですか?」
「いや、うん。すごいなぁと思ってさ」
「マスター、何やら馬鹿にされている気がします」
拗ねたように言うセイバーが、見たままの少女の表情を浮かべた。
「はは……、ごめん、ごめん」
笑って謝りなから、ふと、思う。
(本当なら……)
こうやって過ごすのは、あの少年だったはずだ。士郎自身は、すでに経験したことを上書きしているにすぎない。
(俺が奪って…………)
拳を握りしめる。
(いや、何を迷うことがある。俺は聖杯を破壊して、未来を変えるんだ。それ以外のことを考える暇なんかない!)
詰めた息を、食いしばった歯の隙間からこぼした。
「ライダーの、マスターは……、明日にするか……」
「いいのですか? マスターは、急いでいるのでは?」
「今出ていけば、遠さ……、いや、アーチャーとそのマスターに遭遇するかもしれない。聞く耳を持たない以上、下手に近づくのは危険だ」
歩き出した士郎にセイバーは霊体で続く。
――マスター、なぜですか?
(何が?)
――マスターは、アーチャーをずいぶんと買っているようですので。
(買ってる? 俺が?)
――ええ。とても、警戒しているように思えます。キャスターにもバーサーカーのマスターにも、物怖じしていなかったと私には見えました。それに、ランサーとは直接剣を取って戦ったのでしょう? だというのに、なぜ、アーチャーのマスターには会おうともせず、今、話を聞かないからといって逃げ回るようなことを……、あ、いえ、何か、考えがあるのですね、マスターには。
(…………)
セイバーに何をどう説明すればいいというのだろう。
アーチャーが、かつての自分の未来の可能性だった。
そのアーチャーは、自身の過去である衛宮士郎を亡き者にしようとしている。
だが、結局のところ、アーチャーは少年と向き合うことで、自身の歩んだ道にケリをつけるのだ。
士郎の過去においてはそうだった。だが、ここでは……。
――マスター? どうかしましたか?
(あ、いや、なんでもないよ……)
――何か、気に障ることを私は言いましたか?
(いや、別のこと、考えてただけだ、悪い)
――いえ……。
それきりセイバーは思念を送ってこない。士郎も何を言うでもなく黙々と家路を歩いた。
***
日を改めて間桐慎二と接触し、こちらは半ば脅して協力を取り付けた。学校に仕組もうとしていた結界も解除させることに成功している。
「あとは……」
「アーチャーですね」
「……ああ」
「気乗りしませんか?」
「そんなわけがない……。それに、そう悠長なことも言っていられない」
「ですが、…………いいえ、よしましょう」
セイバーは何かを言おうとしてやめたようだ。士郎は夜空を仰ぎ、一つ息を吐いた。白くなった息が川風に流れていく。
新都へと繋がる赤い橋。
深夜、交通量もなくなり、人っ子一人いないことは逆に不気味でもある。深夜と云えど車の一台や二台、時折通過してもおかしくはないというのに、この橋は封鎖でもされているかのように、士郎とセイバーだけしかいない。
橋の中ほどで欄干にもたれていると、
「来ました」
セイバーの静かな声に預けた背を浮かせる。
新都の方からこちらへと歩いてくる赤い主従。
サーヴァントであるアーチャーは深夜だからか、姿を隠すでもなくマスターの傍らを歩いている。何事かを相談しながらだということが遠目にわかった。
歩道を塞ぐようにセイバーと並んで立つと、あちらも歩みを止めた。
長い黒髪を片手で払い、こちらを見据える青い瞳はすでに戦う気満々だ。
「セイバー、動かずにいてくれないか?」
「なっ! そ、そういうわけにはいきません!」
「……じゃあ、ギリギリまで動かないでくれ」
「ですが、」
「アイツの力も必要なんだ」
静かに言えば、セイバーは、わかりました、と頷き、装甲を解いて平服に戻った。
赤い主従との距離はおよそ十メートル。一足飛びで士郎の喉元を掻き切るくらい、アーチャーには簡単なことだろう。だが、怯んではいられない。士郎にも過去(ここ)まで来た、ここまで一貫してやり通そうとしている意地がある。こんなところで失敗を冒しはしない。
「今度は逃がさないわよ」
凛が高飛車にも思える声で言い放つ。
「逃げるも何も……」
士郎は顔を隠していたマフラーを緩め、フードに手をかけた。
棒立ちの士郎を凛は訝しそうに見ているが、その身はいつでも動けるようにと身構えている。先日、セイバーに虚を突かれたことが彼女の経験値を上げてしまったようだ。
「……話があるんだ、遠坂」
目深に被ったフードを、士郎は無造作に後ろへ撫で付けた。
「え? う……そ……」
驚く凛に、警戒を怠らないアーチャー。いや、アーチャーは警戒ではなく、士郎の命を奪う隙を窺っているのかもしれない。
狙われているのはわかっている。今、相対するアーチャーは、衛宮士郎と認識すれば、殺したくなる衝動に駆られる存在だと思っておいた方がいい。したがって、士郎も警戒しながら口を開く。
「協力を、頼みたい」
「え……?」
「前にも言ったけど、聖杯を壊すために、手を貸してほしい」
「な……、ど、どういう、」
「凛、口車に乗るな。油断させようとしているだけだ」
アーチャーの忠告に凛は、そうね、と再び戦闘態勢に戻った。
「ちっ……」
舌打ちをこぼし、士郎は凛ではなくアーチャーへ目を向けた。
「いいのかよ、それで」
凛に対する時とは明らかに口調も語気も違う。苛立ちを隠さず、士郎はアーチャーに対する。
「何がだ」
片眉を器用に上げたアーチャーの方も不機嫌さを隠しもしない。
「お前、守護者のクセに、あの聖杯がこの先に人類どころか生命のほとんどを奪いはじめるとしても、協力しないって言うんだな?」
「む……」
「え? アーチャー? しゅ、守護者……って……」
凛に訊かれてもアーチャーは答えない。
「霊長の守護者、だったか。たいそうに俺に宣ったよな? ただの装置だって、ただの掃除屋だって。その運命を断ち切りたくて、お前、俺を殺しに来たんだろう?」
「「え……?」」
傍らのセイバーと凛が同じような声を上げた。
「マ、マスター?」
踏み出した士郎をセイバーが呼び止めるが、それを片手で制する。
「守護者が聞いて呆れるな。……今じゃなく、この先の未来に、確実に人類は絶滅の危機に陥る。その大元の原因がこの第五次聖杯戦争で争われた聖杯だ」
ツカツカとアーチャーへ歩みを進める士郎に、みな一様に動けずにいる。
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る2 作家名:さやけ