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TWILIGHT ――黄昏に還る2

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「食糧危機からはじまり、土地の争いに発展し、全生命の危機だってのに、人間は争うことをやめない。最悪の危機的状況に、魔術協会が導き出した結論は、この聖杯戦争で争われた聖杯を完全に破壊することだ。霊長の守護者だって偉そうなこと言うんなら、今じゃなく、この先の未来のためにも、お前は手を貸すべきじゃないのか、英霊エミヤ!」
 アーチャーの胸ぐらを掴めば、驚きに満ちた鈍色の瞳が揺れている。
「私怨は後だ。全部終わってから、俺が相手してやる。お前の気の済むまで付き合ってやる。だから、今は堪えろ」
「…………」
 耳が痛くなるほどの沈黙が続く。誰一人言葉を発しない。人通りも車通りもない橋の上は、川音が微かに聞こえてくるだけだ。
 睨み合う士郎とアーチャーは今にも剣を振り上げそうで、セイバーは知らず身構えている。
 呼吸すら忘れていたような二人の瞳が微かに揺れているのがわかる。
 なんとなく嫌な予感がして、セイバーは少し腰を落とした。直感は時として己を守る最大の武器だと、セイバーは知っている。今この瞬間、何が起ころうとも、彼女はいつでも踏み込める状態で控えている。
 やがて、す、とアーチャーの目が細められ、士郎の手首を浅黒い手が掴んだ。
「いっ!」
 ぎり、と音が鳴るほど握られて、士郎は思わず声を上げた。
「フン!」
「てめ……」
 士郎がさらに睨めば、真っ直ぐに見据えてくる鈍色の瞳。もうそこに、動揺はなかった。
「いいだろう。お前の言い分を聞こうじゃないか」
「ちょ、ちょっと、アーチャー?」
「凛、いいな?」
 士郎から目を逸らすことなく確認するアーチャーに、
「え? あ、えっ……と、あ、え、ええ……」
 同意とも取れない返事で凛はどうにか答える。
「だそうだ」
 士郎もアーチャーから目を逸らさず、胸ぐらを掴んだ手から力を抜いていく。
「……なら、話をできるところに、っ!」
 ぐいっと後ろ襟を引かれて士郎は仰け反る。
 キン!
 甲高い音が響いた。
 風王結界(インビジブル・エア)を纏った不可視の剣がアーチャーの剣を受け止めている。
「ちっ」
「不意打ちとは、卑怯!」
 舌を打ったアーチャーは悪びれることもなく剣を引いた。
「隙を見せたそちらの落ち度だろう?」
「アーチャー! ちょっと! 話を聞くって、言ったばかりでしょ!」
 凛が目くじらを立てれば、
「手を組むに値するか確かめただけだ。この程度で死ぬような奴と手を組めば、こちらが痛手を被る。協力とは互いに対等な者がするべきだ。いくら申し込まれたからといって、わざわざ足を引っ張られる謂れなど、我々にはないだろう?」
「う……、そ、そうかも、しれないけど! い、今のは、やっぱり卑怯よ!」
「まったく、甘いことだな、我がマスターは……」
 肩を竦めて皮肉な笑みを浮かべたアーチャーを凛は叱りつけているが、彼はたいして聞いているようではない。
「マスター、どこにもケガはありませんか?」
「あ、ああ、助かったよ、セイバー……」
 どっと噴き出した冷たい汗を不快に感じながら、今の一瞬の攻防を反芻する。
 士郎とてアーチャーの動きに反応はした。だが、至近であったことと、なぜだ? という疑問が身体の動きを鈍らせたのは確かだ。
(なんでだ……)
 アーチャーの剣は、明らかに左目を狙ってきた。
 士郎も寸前で気づいたために、剣を受けても致命傷にはならなかっただろうが、確実に左目の義眼は無事ではなかったはずだ。
(アイツ……、狙ってた、のか?)
 血製魔術が厄介だと思ったのか、他の理由があるのか、たまたまかはわからないが、確実にこちらの力を削ぎに来たことは明らかだと思える。
(油断、できないな……)
 手を組むにしても、気を引き締めていかなければならないと、士郎は肝に銘じた。



***

 苛立ちが募った。
 青年として現れた衛宮士郎は、聖杯を壊すと豪語している。
(いったい、なんだというのか……)
 その在り様がどこか泰然としていて、真っ直ぐに自身の歩む道を見据えていて、これは嫉妬というものかもしれないと、アーチャーは微かに思いもして……。
(それよりも、あの目は……)
 自身の感情を誤魔化すように、違うことに目を向ける。
 衛宮士郎は、琥珀色の瞳をしていたはずだ。だが、青年の左目は最初に見たときから違っていた。右目はそのままの色だったが、左目は薄い赤褐色に見えた。
(何をどうしたらそうなるのか……)
 思案してみれば、左目を媒介にあの青年は小賢しい術を発動していた。ということは、自身に何かしらの改良を施したと見受けられる。
(たわけが……)
 自身の身体に手を加えるほど落ちぶれたか、と反吐が出そうになる。
(だからだろうか、橋の上で、隙をつき、左目を潰そうとしたのは……)
 あれは、無意識だったとしか言いようがない。息の根を止めるのなら、頸動脈を狙うべきだった。
 だが、アーチャーが剣を薙いだのは、その左目付近。残念ながらセイバーに防がれてしまったが……。
 不機嫌さを隠すこともせず、不躾ともとれる視線を青年に向ける。
(見る限りは衛宮士郎だ……)
 赤い橋から遠坂邸へ移動し、黒いミリタリーコートを脱いだ青年は、明かりの下でその姿を晒した。
 身長はアーチャーよりやや低いようだが、ほとんど変わらない。衣服の中まではわからないが、そこそこに鍛え上げられた肉体を持つ。アーチャーよりも幾分しなやかな体躯に見えるのは、やはり人であるからだろうか。
 それから、髪型が違うだけで顔立ちはアーチャーと似ている。違うところと言えば、黄白色の肌、赤銅色の髪、そして、瞳の色。
 右目は琥珀色だが、左目は赤みを帯びていて、今は濁っている。
(身体の改良と、魔術的な操作か何かが施されているのか……?)
 濃い魔力が左目に集中していることが微かにわかり、アーチャーはやはり首を捻る。
 左目を媒介にして小爆発を起こしたところを二度見た。そのうち、一度は間近で喰らわされた。たいした威力ではなかったが、隙を作るには有効だと思える。
「えーっと……」
 矯めつ眇めつ青年を眺め、アーチャーは解析を試みている。
 一方の凛は、驚きとともに、訝しそうに眉をひそめている。
「な、何から、説明すればいい、かな?」
 青年は二人の視線に戸惑いながら語りかける。
「な、何って……、その……、あ、あんたの、正体よ!」
 凛はどことなく見知っている同級生と青年が似ていると認識している。そして、青年が衛宮士郎だと理解しているのだが、凛の知る衛宮士郎は、こいつじゃない、と確信がある。あいつはこんなに大きくないと、その見た目から判断し、混乱を来している。
 急に成長する薬でも飲んだのか、いや、そもそもそんな薬ありはしない。では、魔術で姿を変えたのか、それとも普段の姿が仮の姿なのか、だとすれば、ずいぶんと厚顔で腹立たしい。
 しかし、あれこれと考えてみても、結局正答には辿り着けず、いったいあいつに何が起こったのか、と考えてみても、凛にはますますわからない。
「衛宮士郎だよ」
 そうして聞いた答えは、すでにわかりきっていることだ。
「そ、そんなこと、わかってるわよっ!」
 頭に血がのぼったようで、凛は声を荒げている。