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TWILIGHT ――黄昏に還る3

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「口喧嘩って……、セイバー、今は、そんなことしてる場合じゃないからさ。な? 機嫌直して、あとで焼きそば作ってやるから」
「焼きそ……、マ、マスター! わ、私はですね、」
「うん、うん、そうだな、あいつが悪いんだよな?」
 アーチャーを指して言えば、
「おい。何を人のせいにしている。元はと言えば、」
「まあ、そういうことにしといてくれよ。わざわざ可愛い女の子を責めることなんかないじゃないか」
「マ、マス……、か、かわい……?」
 セイバーが泡を食って、目を白黒させている。
「…………」
 騎士を自負するセイバーを可愛い女の子で済ませてしまう士郎に、凛は額を押さえ、アーチャーは答えに窮したようだ。押し黙ってしまって何も言わない。
「ほらほら、セイバー。一服したから、作戦練ろう、な?」
「う……、マスター、あとで、焼きそばに、お好み焼きも付けてください……」
 セイバーの意識は作戦よりも、半ば食の方へ向かっているようだ。
「お! おれも、それ食いたい!」
 ランサーが手を上げてリクエストする。
「了解。じゃあ、二人にはあとでごちそうするよ」
 よしよし、と金の髪を撫でてセイバーを宥めながら士郎は快諾した。
「まるで、猛獣使いね……」
 ぼそり、と凛がこぼした声は、和気あいあいと和む三名には届かなかったようだ。



「お前さん、貫くのは一度にしろ、って言ったよな?」
 作戦会議が終わり、縁側で夜空を見上げる士郎に、ランサーが訊く。振り向いた士郎は、小さな笑みを浮かべ、
「満腹になったか?」
 問いかけで返した。
「ああ。腹いっぱいだ、また食わせてくれよ」
「そうだな……、時間があればな」
「……大丈夫なのか?」
「何が?」
「いや……、まあ、なんだ……、お前、ちょっと、危なっかしいっていうか……」
 驚いた顔でランサーを見つめる士郎に、ランサーは少しバツ悪そうに後ろ頭に手を持っていく。
「どこがだよ……」
 苦笑を返す士郎に、ランサーは右斜め上へ視線を移した。
「みんな、思ってんじゃねえか、お前さんには」
「え?」
「誰も言ってこないのは、お前に気を遣ってるってことなんだろ」
「……………………そ……っか……」
 ランサーを見ていた視線が落ちていく。
「一人で、大変だな」
 ランサーの手がまた頭に載る。
「子供じゃないって……」
「ま、がんばろーぜー」
 棒読みの鼓舞に、全然気持ちが入ってない、と士郎は小さく吹き出した。
「…………なんか、訊きたいこと、あったんじゃないのか?」
「ああ、もういいわ。お前に言っても、仕方がねえことだし」
「それも……、気遣いって……やつか?」
「そうとも言うな」
「……ランサーは、はっきり言ってくれるんだな」
「セイバーは言わねえか?」
「最初は、いろいろ質問攻めだったけどな……、ここんとこ、言いたいこと、我慢してる気がするよ……」
「そっか」
「文句言いたいだろうし、俺にはついていけないって思ってるだろうし、いろいろ納得できないだろうし……」
「おいおい……、お前さん、けっこう後ろ向きなんだな」
 カラカラと笑うランサーに、少し救われる。
「俺はさ――」
「何をしている」
 低い声に遮られ、士郎は顔を上げた。
「アーチャー……」
「共闘すると決まった上で、コソコソと密談されるのは不愉快なのだが?」
「密談って……。別に、コソコソしてるわけじゃないし、聖杯戦争とは関係のない世間話だ。お前にとやかく言われる筋合いでもないだろ」
 ムッとして士郎が言えば、アーチャーは片眉をひょいと上げる。
「ほう、サーヴァントと世間話、とは面白いな。サーヴァントが聖杯の加護を受け、知識を加味しているとはいえ、世俗に明るいとは言い難い。そういう者とする世間話とは、いったいどういうものか、私にも教えてもらいたいものだな」
 明らかに喧嘩を吹っ掛けてきている口振りに士郎がカッとなったのを、ランサーが片腕で制した。
「まあまあ、熱くなるなって。こいつ、拗ねてんだよ」
「はあ? なに言ってんだランサー?」
 士郎がしかめっ面でランサーに目を向けると、
「聞き捨てならんなランサー。いったい私が何をどう拗ねているというのだ?」
 アーチャーも眉間に深いシワを刻んで訊く。
「アーチャー、お前、こいつが他の奴と馴れ馴れしくしてるのが、我慢ならないんじゃないのか?」
「……………………」
 アーチャーは瞠目して絶句している。そして、士郎も同じく目を丸くして言葉がない。
「だからテメェは、拗ねている」
 自信満々に言い切ったランサーに、やっと我に返ったアーチャーは、
「はっ!」
 呆れきって嗤い、馬鹿馬鹿しい、と霊体になって消えた。
「ちっ。逃げやがった」
「…………ランサー」
「ん? なんだ?」
「あんたは、ちょっと、いろいろ勉強した方がいいかも」
「は? 何を?」
「心理学とか、そういうの」
「心理? なんだそりゃ?」
「心の機微とか、人の気持ちを勉強するんだよ」
「なんでだ?」
「かすりもしてないだろ……。アイツが拗ねる? その理由が、俺とランサーが話してるからって……。そんなの、微塵もありゃしないって!」
「えー? そうかぁ?」
 絶対そうだと思ったのに、とランサーは納得がいかない顔でブツブツと文句を垂れる。
「ほんっと、ありえないって! アイツ、俺を本気で消し去る気だったんだぞ! だったっていうか、たぶん、今も!」
「そうなのか?」
「あ……、いや、えっと……」
 ランサーに思わず自身の過去を口走ってしまい、士郎は言葉を濁す。
「昔に、だろ?」
「え?」
 どう取り繕おうかと思案していれば、先にランサーに言われてしまう。
「お前さん、過去に来たんだって言ったじゃないか。ってことは、ここは、お前が過ごした過去なんだろ? だったら、あいつとやり合ったことくらいあるんだろう。間違ってるか?」
「……いや、……合ってるよ」
「だろー?」
 にか、と笑うランサーに、複雑な笑みを返すことしかできない。
「安心しろって。別に何を言いふらすわけでもねえ。お前にはお前の事情ってもんがあるんだろ。おれたちだって、縛りはあるが、やりたいようにやってるだけだ。他の奴らは知らねえが、おれは、ただ真剣勝負ができりゃいい。この全身全霊を懸けて戦うことができるんなら、細かいことはどうでもいいことだ」
「……そっか、助かるよ。あんた、ほんと、好い男だよな。頼りになるし、ひねくれてもない。味方にいてくれると、すごく心強い」
「そう言ってもらえると、サーヴァントとしちゃあ、やりがいがあるってもんだな。どうだ? セイバーと交代してみないか?」
 憚りなく言われた言葉が、胸に刺さったようだった。
 呆気なくこの時空の衛宮士郎からセイバーを奪ったことを思い出してしまう。
「はは……、そんなことできないよ……」
 拳を握りしめて、どうにか答えたが、皆目、音にはならなかった。
「悪ぃ……」
「え?」
「まずいこと、言っただろ、おれ」
「い、いや、その――」
「無理すんな」
 ぽん、と頭に載った手がひと撫でして、ランサーは廊下を去っていく。
「あり……がとな……」
 その背中に思わずこぼれたのは、そんな言葉。