TWILIGHT ――黄昏に還る3
片手を上げて応えたランサーに、士郎は苦い思いを噛みしめるだけだった。
***
「拗ねている、だと? 馬鹿も休み休み言え、あの駄犬!」
屋根に上がり、アーチャーは胸糞悪さに悪態をつき通しだ。
アレと少し話してみようと近づいたのが運のツキだというのか、とアーチャーはギリギリと奥歯を軋ませる。
廊下の先の縁側に佇む姿を認め、ギリギリまで霊体で近づき、そろそろ姿を現そうかと思った矢先、別方向から近づいてくる気配に思いとどまった。
声をかける前に、あの青い男が先に士郎に声をかけた。出るタイミングを逃したアーチャーは、しばらく二人の会話を立ち聞きするはめに陥ったというわけだ。
霊体のまま様子を窺っていれば、ランサーは士郎と気安く話し、その頭を撫で、まるで親兄弟や友人のように接している。
少なからず衝撃を受けた。そして、衝撃を受ける自身が、また衝撃だった。
(なぜ、お前は、エミヤシロウのくせに、他人と慣れ合っているのか……)
エミヤシロウは、頑なに理想を突き詰め、誰にも理解されることなく生涯を終える、機械のような人間であったはず。
自身と比べて、あまりにも違い過ぎると思える。
たいして記憶など残っていない。それでも、わかるのだ。
未来からここに来た衛宮士郎は、己とは違う、と。
「いや、私は何を……」
これではまるで、嫉妬のようだ、とアーチャーは頭を振る。
「拗ねている、と言ったか……」
何をもって、その結論なのか。
見透かされたような居心地の悪さを感じている。図星を指された気がして、バツの悪さも感じている。
あの槍男、必ずシめてやる、と地団駄を踏みたいところだが、夜中でもあり、下手に音を立てられない。歯軋りでとりあえず自身を落ち着かせようとする。
「だいたい、あのたわけが、不甲斐ないからだ……。弱みを見せて、チヤホヤされていたいのか、過去にまで来て!」
握った拳を振り上げたが、下ろす場所が見当たらず、すごすご下ろす。
(腹立たしい。何もかも。特に、あの左目だ。元々の色はどこへいったのか、少し赤みがかっていて、どうにも落ち着かない。
あんなでは、ない……、衛宮士郎の瞳はあんな色ではない!)
どこに置き忘れたのだ、と問い詰めたくなる。
ふと、先ほどの光景が思い出された。そこにいた男。こちらを見た赤い瞳。
(奴にもある、赤い……)
アーチャーは、瞼を下ろした。苦い吐息をこぼさずにいられない。
“ソレは、私がこの手で葬り去るものだ。お前が、触れていいものではない”
喉まで出かかった言葉を飲み込むのに、苦労しなければならなかった。思い返すも腹立たしく、赤銅色の髪に容易に触れる手を、どうにかして弾いてやろうと、一瞬でも思ったことは、頭の片隅に追いやる。
「何も考えるな……」
こんなことを、言い聞かせるように呟いていること自体が、もうすでにおかしい。
「驚いているだけだ。私を知っているような口振りで、十年先から来た、などとアレが言うものだから、おかしなことになるのだ……」
握った拳からそっと力を抜く。
聖杯の破壊までは士郎に付き合ってやることに決めた。どのみち守護者である己には見過ごせない案件だ。
「その後だ」
必ず殺してやる、とアーチャーは固く誓う。
頑なに殺すべき者だと思い込もうとしていることに気づいていながら、アーチャーはとどまることができない。衛宮士郎を消し去らなければ、今までの懊悩をどう昇華すればいいのかと、この先をどうすればいいのかと、そんな不安が掻き立てられてしまうのだ。
自身が、肝心なことから目を背けている。それをどこかでわかっているが、気づかないふりをしている。
アーチャーはとうに気づいているのだ、己の過去である衛宮士郎を殺したところで、どうにもならないことに。
だが、永く、摩耗しながらエミヤシロウを続けた英霊は、もはや自身の救いをどこに向ければいいのかもわからない。
救いなど求めていないと公言しながら、アーチャーは求めているのだ、終わりのないトンネルのような運命の出口を。
その機会が己であった者との対峙だなどと夢にも思わないアーチャーは、衛宮士郎を消し去ることしか頭にない。
消し去ったとて、何も変わらないとわかっていながらやめられないのは、自身を制御する箍も摩耗しているからなのだろうか。
エミヤシロウは、衛宮士郎でしか救えない。
それに気づくには、あまりにも、時間がなさ過ぎた。
□■□6th phase□■□
柳洞寺では、すでに聖杯が巨大化している。
通常の聖杯戦争であれば、戦い敗れた六騎のサーヴァントの膨大な魔力を取り込むはずが、おそらく取り込むことができたのは、バーサーカーとキャスターが解放したアサシンの二体分だけだろう。栄養不足気味だが、核となる魔術師の身体があるためか、夜空には黒い穴が開いていた。
「もう、はじまってやがるぞ!」
ランサーが先駆けとなり、柳洞寺の参道を駆け上がっていく。
「キャスター、あんたは、別に出てこなくてもよかったんだぞ?」
士郎が言えば、キャスターは口元を綻ばせる。
「気が変わったの。あなた、面白いわ」
「物見遊山じゃないっての」
士郎が呆れると、くすり、と微笑って、キャスターは夜空に舞い上がる。
「いいよなぁ、空飛べる奴は」
「マスター、担ぎましょうか?」
「い、いや、いいよ、酔いそうだから」
「な! わ、私は、そんな乱暴ではありません!」
「う、うん、そうだな、乱暴じゃないな」
困った顔で笑えば、セイバーは少し拗ねていた。
「衛宮くん、先に行くわよ!」
凛がアーチャーに抱えられて、あっという間に山門へと到着している。
「いいよな、ほんと、一瞬で……」
「ですから、私が!」
「あ、ご、ごめっ、だ、大丈夫! 俺、走れるから!」
セイバーが意気込みを見せたが、士郎は丁重にお断りした。
ようやく士郎が山門をくぐった時には、すでに境内でギルガメッシュを相手に、キャスターとランサーが開戦している。アーチャーは凛を聖杯の方へ向かわせようとしているが、ギルガメッシュの放つ武器に行く手を阻まれている。
「ほんと、面倒な奴だよな……」
独り言ちて士郎はセイバーを聖杯の方へ行け、と示唆し、
「ランサー! あっちを頼む!」
ギルガメッシュが放射した剣や槍を弾いているランサーに声をかける。
「おう!」
すぐに答えたランサーが、聖杯の方へ駆けていく。
「マスター、私もこちらで、」
「セイバーは予定通り、聖杯の方を頼むよ。ランサーと遠坂と、あっちに向かってくれ」
「ですが、」
「大丈夫、慣れてるよ」
「マスター?」
「うん、あいつとやるのは二度目だ。それに、似たような武器、アーチャーも持ってるし」
「え?」
「俺、ああいう武器と、ほとほと縁があるんだなぁ……」
困り顔で言えば、セイバーは士郎のコートの袖を掴む。
「セイバー?」
真っ直ぐに見上げてくる碧い瞳は、必死に何かを訴えようとしている。
「セイバー、大丈夫。俺は死にに来たんじゃない。未来を変えて戻るためにここにいるんだ」
きゅ、と唇を引き結んだセイバーは、こく、と頷く。
作品名:TWILIGHT ――黄昏に還る3 作家名:さやけ