スライムの衝撃1~友の声~
「もう遅い! 気づいたんだよね、おまえたちが薄汚い橙色だってことに。ベスと同じ汚れた色しやがって。おまえたちはもう仲間じゃない。ベスとして生きろよ」
ダニエルはショックで言葉を返せなかった。簡単に許してもらえないことはわかっていた。しかし、ベスと同等とまで言われるとは想像していなかった。それでも、レベッカと生き抜くために、ここで引くわけにはいかない。
ダニエルとレベッカの背中に身を隠しながら、エラ姉が叫ぶ。
「何言って――」
「他のスライムじゃダメなんだよ! 僕たちをスライムだと信じてくれない」
「だから何だよ? 自業自得だろ」
「待ってください、さっきから何を言ってるんですか?」
「わかったぞ、こいつらだな。こいつらに酷いことされたんだろ!」
姉妹の言葉に、キングスライムがせせら笑う。
腹の底から響く重低音が冷酷に尖り、ダニエルの心を刺し貫く。しかし、負けるものかとダニエルは強く歯を噛みしめた。
「いまから殺してやるよ。楽に死なせてやるから感謝しろよな」
キングスライムが口もとに浮かべたおぞましい笑みに、ダニエルは震え上がった。もう何を言ってもムダなんだとようやく理解できた。しかしながら、レベッカと共に生きる願いは容易に諦められることではなかった。
「勝負させてくれ!」
「勝負?」
「そのホクロ野郎とだ。もし僕が勝ったら、仲間に戻してほしい」
なんとしても仲間だと認めてもらわなければ、孤立してしまう。二匹だけで生きていけるほど、甘い世界ではない。
「おもしろそうじゃん! ただ殺すだけじゃ確かにつまらないな。その勝負のった!」
その瞬間、レベッカの恋心が、悲しく重たい衝撃によって打ちのめされた。
「わたしたちだけになる夢が……」
レベッカの沈んだつぶやきをよそに、キングスライムが分散した。八匹の中にひどく目を引くスライムがいた。額にホクロのあるパパズと、頭に黄色いリボンをつけたママズだ。
ダニエルはパパズを観察し、やはり自分のホクロに勝るものはないと確信した。レベッカはママズの黄色いリボンに目を止めて、わたしのリボンのほうが最高だと心底思った。
「なのになんで!!」
ダニエルとレベッカは同時に叫んだ。
「あいつを!」
「あの子を!」
額にホクロをもつパパズと泣きボクロのダニエル、頭に黄色いリボンをつけたママズとピンクリボンのレベッカがそれぞれ対峙した。
短いようで長い、沈黙の威嚇が続く中、ふいにママズが重苦しく鋭敏な空気を引き裂いた。レベッカのピンク色のリボンを、鼻で笑ったのだ。
「あんたのリボン、だっさ!」
「リリーをバカにしないでよ! このリボンを笑う奴は許さない、誰であってもね! 必ずあんたに、このリボンが一番だって言わせてやる!」
「やってみれば? ムリだと思うけど?」
再び鼻で笑うママズに反論するべく口を開くと、レベッカの背後から別の声が飛んできた。
「目を覚まして。あなたたちはベスよ!」
エラ姉の必死な叫びに、ダニエルとレベッカは反射的に振り返った。
「僕たちはスライムだ!」
「危ない!」
エラ姉とサマンサが体の底を跳ね上げ、石を中空に浮かせた。次いで、勢いよく蹴り飛ばす。猛烈な速度で風を切り、ダニエルとレベッカの脇を石が飛んでいく。隙を見て、飛び掛かろうとした二匹のスライムが、ダニエルとレベッカの間近で悲鳴を上げた。姉妹の蹴り飛ばした石が、それぞれの体に命中したのだ。
パパズの側頭部が、ママズの頬が赤く腫れあがり、二匹は痛みに呻いた。攻撃の動作が途切れてしまい、四つの鋭く光る目が悔しそうに姉妹を捉えた。
意表をついたベス姉妹の行動に、ダニエルは一瞬声が出なくなったが、すぐに調子を取り戻した。
「なんで……」
「仲間が助け合うのは当然のことです。あななたちも、私たちを庇って前に出てきてくれたでしょう?」
「違う、僕たちは――」
「油断しないでください! もう私たちの不意の攻撃は通用しないかもしれません」
不本意な誤解を口惜しく思いながら、ダニエルは正面に向き直った。
今度はダニエルとレベッカから攻撃を仕掛けた。同時に土を蹴る。と、敵も真っ向から立ち向かってきた。
互いに体を衝突させ、まわし蹴りをくらわせる。四匹とも一歩も譲らず、激しい攻撃を繰り出し続けた。
どのくらい経っただろう。
ダニエルの内側に、自分でも理解できない疑問が生まれた。
何かがおかしい。ダニエルはパパズに違和感を抱いた。その正体を探るべく、パパズの動きに用心しながら注意深く観察した。
ホクロだ。ホクロの位置がずれている。額にあるはずのホクロが眉間に下りているのだ。
作品名:スライムの衝撃1~友の声~ 作家名:清水一二