その先へ・・・2
(5)
落ち着いた頃合を見計らって、ユリウスが皿をテーブルに並べ始めた。
ユリウスは時折、アレクセイを見つめる。
目が合うと、頬を染めてすぐ目をそらしてしまう。
あの頃と変わらぬ、まるで少女の様なその仕草には覚えがあった。
ザンクト・ゼバスチャンの古びた教室。
何の講義だったかは忘れたが、カーニバル後、初めての同じ講義を受ける日だった。
イザークと並んでいつもの場所に座っていたユリウス。教室の一番後ろから静かに見つめていた。差し込んでくる陽の光が金色の髪にさしかかっていた。
まさに金髪の天使だ。天使の羽はどこにあるのだろう、と子供じみた事を考えながら目を細めて見入ってしまったのを覚えている。
手の傷はまだ痛むようで、時々顔をしかめ天使にあるまじき言葉で小さく毒づいていた。
無理するなよ。
思わず小声でつぶやいた。
講義が始まる前の教室。雑音に満ちていて声など届くはずもないのだが、ふとユリウスが振り向いた。
碧い瞳と不用意に目が合ってしまい、慌てて視線を外した。
それはユリウスも同じだったようで、白い頬をさっと赤く染めると、慌てて前を向いてしまった。
ばか!女の子丸出しじゃねぇか!
他の誰かに見られたらどうするんだ!
ユリウスは下を向いてしまい、イザークに声をかけられてもしばらくそのままでいた。手のひらは胸の前でギュッと握り、細い肩は微かに震えていた。
ユリウスから目が離せなくなっていた。震える肩をそっと包んでやりたかったが、かなうはずもない。
うずく心をもて余しながら、見つめることしか出来なかった。
好きな女を後ろから見つめるしかできなかった哀れな男。それは今も同じだ。
そう、おれたちはあの頃と何も変わらない。
時を経ようとも、あの頃と同じ、何も出来ない哀れな男がここにいるだけだ。
おれに出来るせめてもの事は、記憶を取り戻してやって、故郷に送り届ける事。
それまでの間、こうしてそばにいるだけだ。いくらあいつがおれをまっすぐ見ようとも、おれたちにその先はない。
自分の気持ちにまっすぐなあいつと、逃げるおれ。
どうにもならないんだ。
「アレクセイ?大丈夫か?流石に酔ったか?」
アレクセイは頭を軽く振って、気持ちを切り替えた。