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梅嶺小噺 1 の二

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夜な夜な荒らされ、大猪だけに追い払う術もなく、村の者は困り果てていたのだ。
村人たちも、悪さをする害獣が居なくなるならと、喜んで林殊達に情報を提供した。
とにかく大きな猪だ、と、村の者たちは口を揃えて言うのだが、たかが猪、虎程の恐ろしさも恐怖もあるまいと、林殊も靖王も、聞き流していた。

林殊の頭には、事前に訪れた、この猪のいる山の地形あらましが入っている。
何処をねぐらにしているのかも、把握していた。
作戦は言い出しっぺの林殊が、主導していた。
林殊は、ねぐらに居るのを、追い出してやっつけようと思っていた。
ねぐらを燻して、猪を外に出し、網をかけて、網に絡まったのをやっつけるのだ。
たかが大きな猪、林殊の自信、大ありの作戦だった。

この山には、猪の敵になるような生き物も、狩ろうとする人間もおらず、猪は山の主よろしく、やりたい放題のようだった。
今朝も荒らしていた様なのだ。

「この『穴ぐら』に居るそうだ。」
林殊が、村人に教えられた通りの場所に来ると、岩場に大きな穴がポッカリと空いている。
大人の蒙摯でも、立ったまま入って行ける。
「でっかい穴だな、ホントにここに居るのか?。」
「う〜〜ん。」
「じゃ、私が見てくる。」
恐れを為したか、今一つ、信用していないのか。
焦れったくなり、林殊が見て来ると言った。

林殊は用心して、穴の中に入っていった。
「いるのかな??。」
「さぁ、、、どうだろうな、、、。」
靖王と蒙摯は、外から様子を覗うだけだった。

暫くすると、林殊がそろそろと、穴から出てきた。
林殊の様子は、顔面蒼白といったところだった。
「、、、、、デカい。」
「大きいって言ったつて、タカが猪だろう?。」
蒙摯がカラカラと笑い飛ばす。
「出直すか?、小殊?。」
心配気に、靖王が聞く。
「いや、やろう。用意はして来たんだ。」
「それでこそ、小殊だ!。で?、どうするんだ?。」
蒙摯が囃し立てる。

林殊の作戦は、そう複雑なものではなかった。
穴を煙で燻して、猪を外に出して、出てきた所を投網で仕留め、槍や弓でやっつけようというものだった。
───これだけで、大丈夫かな、、、。────
今、見てきた猪の大きさは、林殊の心を不安にさせた。

辺りから、焚き付けになる枯れ枝と、煙の出そうな枯れ草を集めて、穴の前で火を着ける。
程なく着火し、瞬く間に煙が上がった。
煙は吸い込まれるように、穴の中に入っていく。
穴はずん止まりで、一番奥で、猪が寝ているように見えたのだが、外に繋がる細い穴が開いているのかも知れない。
そのせいで、煙は中に、これ程吸い込まれるのだ。
だが、煙の勢いも凄まじく、辺りにも漂いだしている。
穴の中の環境はたちまち悪くなり、間もなく出て来るだろう。
後は出てきた所を投網でからめ、やっつければいい。
猪が出てくるのを、三人はじっくりと待った。

、、、ォォォオオオォォォ、、、、キィィィィ、、、。

地に鳴り響くような猪の声。
「なんだ、、こいつ、、、、。」
この声で蒙摯は、林殊が怖気付いた理由を知った。
「大きい、ぞ、、。」
蒙摯が生唾を呑む。

、、ドドド、、。
ヤツの足音が響く。
「来るぞ!!、景琰!!、投網をしっかりかけろ!。」
林殊と靖王が投網の端を持ち、猪の頭から被せて、絡まって動けない所を一気にやっつける算段だった。

煙は穴の入口から溢れ、辺り一面煙が漂っている。
思った以上に、もくもくと煙が発生してしまった。
視界が悪くなってしまった。
どこが猪のいる穴ぐらなのか、全く分からなくなってしまった。
勘で見当をつけるしかない。

、、、、ドドドドドド、、、。

「来る!!!。」
突然、煙の中から、猪が現れる。
「なんだ!、こいつ、、、。」
牛ほどもあるだろうか、想像以上の大きさに、皆、体が竦んでしまう。
「景琰!、網!!、いくぞ!!!。」
林殊は、はっと我に返る。
林殊の方がまだ冷静だった。一度穴の中で、猪を見ていたからだろうか。
だが、猪も馬鹿ではないようで、林殊の考えなど嘲笑うかの如く。
「あっ、、。」
猪は靖王に向かって突っ込んでくるではないか。
「景琰!!、危ない!!、逃げろ!!。」
まるで大猪に魅入られたように、靖王の体は動かない。
「景琰!!!。」
━━━動けない、、、殺られる、、、。━━━
猪と視線が合ってしまったら、靖王は途端に恐怖で動けなくなった。
━━━怖い、、、━━━
靖王は目を瞑る。

猪とは別の方から、何かがぶつかってきて、靖王は飛ばされた。
「ぐっ、、、。」
「がぁっ、、、。」
地面に、したたか、体を打った。

呪縛が解かれたようだった。
靖王は、何があったのか、急いで起き上がり、辺りを見渡す。
「小殊!!。」
林殊もまた地面に転がっていた。
林殊の元に駆け寄った。
林殊はぐったりとして、動く気配がなかった。

猪が、向きを変えて、こちらを向いていた。
━━━しまった!、あいつは、こっちに来る気だ!!。━━━
「小殊!、小殊!。」
林殊は気を失っていた。
今度こそ、殺られる、嫌な汗が出た。
━━━小殊を守らねば!。━━━
靖王は、がばっと林殊の体と頭に覆いかぶさり、林殊を守ろうとした。
猪が、どんどん速度を上げて、靖王と林殊に向かっている。

その時だった。
猪と靖王達の間に、蒙摯が入った。
蒙摯は剣を抜き、猪に向かって走って行く。

剣で一撃、猪にお見舞いした。
「キィィィィ、、。」
蒙摯は、猪の首の辺りを狙っていた。
蒙摯の剣は、致命傷になっていないが、それでもわずかに、林殊たちへ向かっていた進路は逸れた。
靖王達のすぐ横を、猪は駆け抜けて行ったのだ。
それを蒙摯が追って行く。
蒙摯の足も驚く程の速さだった。
たちまち、猪も蒙摯の姿も、見えなくなった。

猪がいなくなってほっとすると、靖王の体の下にいる林殊が、心配になった。
「小殊!、小殊!!。」
少し揺すった位では目が覚めないようだ。
━━━頭を、、頭を打っているのかもしれない、、、。だとしたら、動かすのは危険だ。━━━
抱き起こして、気付けの小さな薬瓶を腰に下げた袋から取り出し、林殊に嗅がせる。
「ぅ"、、、。」
林殊は呻いて、うっすらと目を開けた。
「小殊!、小殊!、大丈夫か?。」
「、、ぁ、っっっ、、、く、くらくらする、、。」
やはり、頭を打っている様だ。
「起きるな、横になっていた方が良い。」
靖王は、抱き起こしていた林殊の体を、そのまま横にした。
「!!!!。」
林殊の背中を、支えていた自分の左手を見て、靖王は驚く。
血に濡れていたのだ。
「小殊!、、、、血が、、、。」
靖王は林殊の体の向きを変え、背中を見ると、左肩から背中にかけて、鮮血が滲んでいる。
そして更に出血している様だ。
靖王は自分の着ている下着の裾を引き裂き、林殊の衣の上から出血している所に当てて、両手でぎゅっと傷付いた場所を押さえ込む。
暫くこうしていれば、出血は止まると母親に教わっていた。
これ迄幾度と、林殊の怪我を処置したりしてきたが、今回のような大きな傷は、処置したことが無い。
━━━止まれ、、、止まってくれ!!。━━━
靖王は、祈るような気持ちで、ずっと押さえていた。
作品名:梅嶺小噺 1 の二 作家名:古槍ノ標