秋枯れの歓待
しばらく歩いて、ようやく二人の足は止まった。目指してきたそこは、少し開けていて、空がよく見える。
ふぅ、と兵助は息を吐いた。だが、息を吸いなおした途端、顔を顰める。
「……くさっ」
「…ああ、臭いな」
隣を見れば、竹谷も顰めるまではいかないものの、眉を寄せていた。
手の甲で鼻を押さえ、友人達に言われていた場所へ足を踏み込む。
地面には踏み場も無いほど、緑の芝生のような草の上に、硬い木の実が落ちていた。
「うえぇ……。機を外したみたい、だな」
「ああ」
足で実を踏まないように気をつけながら、目的の木の傍まで行く。
もう、その木の葉は、端から色を変え始めていた。
それまでは一色の緑が木に集まっていたのだろう…しかしこの寒さに、次第に黄色へと移り行く。
垂れ下がるように葉をかさかさと鳴らすイチョウの木は、秋を感じて、来る冬へ最後の己を主張していた。
「う〜ん……銀杏、全部落ちたみたいだな」
ガリガリと頭をかきながら竹谷が言った。
「まぁ、予想はしてたけどな」
兵助は鼻を押さえたまま、改めて落ちたイチョウの実を見やった。
恐らく昨日までの雨で、実はその身の重さに耐えられなかったのだろう。固い殻に収まったまま、きつい臭いを放つそれらは、だけれども芝生の緑に映え、綺麗だった。
「…どうする? 三郎に頼まれたんだろ?」
もう臭いに慣れたのだろうか、竹谷はしゃがんで落ちた銀杏をつまんでいる。
「あ〜…でも、まぁ…半ば無理やりだったしな」
それを鼻に寄せた途端、より眉をきつく寄せ、唸った。…臭いに慣れたわけではなさそうだった。
「なら断ればよかったのに」
「しょうがないだろ〜。雷蔵に、『僕達先生に用事頼まれちゃって行けないんだけど…雨が降ったから、きっともうだめだろうなぁ』なんて寂しそうに言われたら!」
眉を垂れて竹谷が言う。
晴れた空を見上げながら不破が残念そうに言っている姿を思い描いて、兵助はぐっと黙った。
「わかるだろ?…まぁ、これじゃぁどっちにしろ駄目だな」
竹谷がため息をついた。
竹谷は人を喜ばせるのが好きだ。
不破に満面の笑みで「ありがとう!」と言われるのを楽しみにここまで来たのだろう…はぁーっと再び深い息を吐いて立ち上がる彼に、兵助は考えた。
「あ〜あ、多分三郎もしょげるだろうなぁ」
「……そうだな」
「俺、勘右衛門にも沢山採ってくるって言っちゃったよ」
「……おい」
「ごめん」
自分の相方にまで大きく言ってしまったと言う竹谷は、しょんぼりと頭をたれた。
兵助も、笑顔で迎えてくれた尾浜が、残念そうに「ううん、いいよ。しょうがないし」というのが目に見えていた。
自分達を待ってくれている彼らが、気を使って笑みを浮かべてくれるのは、耐えられない。
「……そうだ!!」
考えに考えた末、兵助はやっとぽんと手を打った。
「――この、イチョウの葉を持って帰ろう!」
「へ?」
竹谷が間抜けな顔を上げた。
「沢山持って帰って、あいつらにぶっかけてやろう!」
「イチョウを?」
「ああ!思いっきり、イチョウまみれにしてやろう!」
「あー…?」
竹谷がどう反応しようか、迷ったように顔を傾ける。
「あの、ほら…そしたら、さ」
そんな竹谷に兵助は、何だかすごく自分らしくない事を言ったんじゃないかと、言葉が詰まった。
「…もう、ここはこれくらい秋めいてるんだって、教えてやれるだろ?」
「あー、なるほど」
これでも自分なりにいい思いつきだと思ったのだが…
竹谷のもの珍しそうな視線に、急に恥ずかしくなる。
「それを見たら、あいつらも、この景色を見に、ここに来たいって思うんじゃないかと…」
「うんうん、そうだなぁ」
竹谷は献身的に頷いてくれる。しかしその頬が、ピクリと一度、痙攣したのを見逃さなかった。
「……っ!!」
「い゙っ!!」
それを見た瞬間、兵助は背負っていた籠を竹谷の顔を狙って投げつけた。
どごっ!と鈍い音と共に、彼は地面に尻餅をつく。
「いってぇな〜!! 何すんだ!!」
「うるさいっ!」
腹立たしさと羞恥に兵助は、起き上がる竹谷に手も貸さない。
「兵助!」
「ふん…!」
怒る彼が、次にどんな事をまくし立ててくるかなんて容易く想像できる。
しかしそれに応戦してしまう前に、兵助はふいっと背を向けてしまった。