BYAKUYA-the Withered Lilac-
人波をかき分け、救急車やパトカーが眩しいほどの赤ランプを焚いて止まっている中心部まで進んで行き、ついにビャクヤは信じがたい現実に直面することになった。
ビャクヤの悪い予感が、残酷にも的中してしまったのだ。
アスファルトの上に血の海を作り、そこに倒れていたのは目撃者のいう通り、セーラー服姿の女子高生であった。
背中まで届く髪は扇状に広がっており、血に染まってしまったが、百合の花飾りも見えた。
ビャクヤが見間違えるはずがなかった。無惨な姿で血の海に沈んでいたのは、紛れもなく姉さんだった。
「ううう……うわあああああ!」
ビャクヤは悲しみをこらえきれず、堰を切ったように大声を上げて泣いた。
「どうしてなの。どうしてなのさ!? どうして姉さんが死ななきゃならなかったのさ!? こんなの聞いてないよ!」
どこにぶつければいいのか分からない悲しみに、ビャクヤは慟哭した。
「なんであの時姉さんを一人にしたんだよ! 僕がしっかりしていれば、こんなことには……!」
頭では分かっているつもりだった。このようにいくら泣きわめこうが、後悔の念を叫ぼうが、姉さんが帰ってくるはずかあるわけないことくらいは。
――……ははは。これじゃ近所迷惑だよね……――
ビャクヤはここ数週間、このくらいの時間になると、姉さんの最期の瞬間を思い出しては、悲しみと後悔に咽び泣いていた。
近所付き合いは姉さんのおかげで良好だった。あまりにも仲の良い二人の様子を見て、姉さんに恋人ができるのか、とも思われるほどだった。
姉さんの死後、近所の人は彼女の死を悼み、一人残されたビャクヤは、たくさんの励ましの言葉を受けていた。
ビャクヤの気持ちを察してはくれているのだろうが、さすがにこうも毎日のように泣き叫んでいては、近所の人もうんざりしてしまうことだろう。
ビャクヤは、姉さんの死を完全には受け入れられていなかった。今もこうしていれば「何を騒いでいるの?」とこの部屋に来てくれるような思いがあった。
今のこの瞬間こそが悪夢であり、朝を迎えて目覚めたら、聞きなれた声で「おはよう、ビャクヤ」と起こしに来てくれるのではないか。そう思い続けて何日も過ぎていた。
しかし、全てはビャクヤの妄想であり、決して叶わぬ願いであった。
姉さんのいないこの瞬間、これこそが紛れもない現実であった。
「…………」
ビャクヤは泣き疲れ、ぼんやりと開け放たれた窓を見た。
風が吹いていた。カーテンを揺らし、吹いてくる風は、熱くなったビャクヤの顔を僅かながら冷ました。
「……もう疲れたよ……」
泣き叫んだ後の嗄れた声で、ビャクヤは呟いた。そして窓際まで寄って、外の風景を見る。
深夜だというのに、街は昼間のように明るい。そういえば、とビャクヤは思い出した。
いつのことだったか、姉さんと一緒に真夜中の街並みをこうして窓から眺めたことがあった。
白夜って、こんな風に明るい夜なのかな、と姉さんが言った。そしていつか一緒に本物の白夜を見に行こうね、とも言っていた。
――一緒に……――
ビャクヤは何かに気が付いたような顔をする。
「そうか。姉さんは死んだんじゃない。どこかで迷子になっているだけなんだ。どうして気がつかなかったんだ僕は……」
姉さんは、きっとあの広い街の中をさ迷っているのだ。死んだのはただの思い込みだ。
早く迎えに行かなければならない。きっと姉さんも、ずっと見つけてもらうのを待っていたに違いない。
「もう少しだけ待っててね。姉さん。すぐに捜しに。逝くからさ……」
ビャクヤは何も持たずに部屋を出ていった。ビャクヤの眼には、最早生気は一欠片も残されていなかった。
※※※
ただでさえ蒸し暑い熱帯夜だというのに、街の中は人々の喧騒と熱気で、余計に暑く感じた。
「姉さーん! どこにいるのー? 返事してよー」
ビャクヤは、熱気と光に包まれた街中を歩き、姉さんに呼びかけていた。
ずっと歩き、呼びかけ続けていたために、ワイシャツは汗で湿り、頬にも汗が伝っていた。
「姉さーん。姉さんったらー!」
大声を上げるビャクヤであったが、その声は街の雑踏や人々の声にかき消されてしまっていた。
「姉さーん……」
ビャクヤは息切れを起こし、両手を膝につけて前のめりになり、大きく息をついた。
息を絶え絶えにしながら、額の汗を手の甲で拭い、ビャクヤは辺りを見渡した。
様々な人が道を行き交い、建物の軒下にたむろしている不良集団もいる。
道行く人の中にはスマートフォンを片手に、雑踏にかき消されないように大きな声で通話をする者。
ただでさえ暑いというのに、体を寄せあっているカップルと思われる者。また他には集団でスーツを着た中年サラリーマンを囲む、オヤジ狩りなるものをしている者たちもいた。
それらの誰もが、生きるに値する人間だとは、ビャクヤには思えなかった。姉さんを必死に探しているというのに、それを妨害する騒音としか思えなかった。
「……あああああ!」
ビャクヤは苛立ちを抑えきれず、それを声にする。
「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさい! うるさいんだよお前ら!」
明らかに辺りの雰囲気と違う怒鳴り声に驚いたのか、僅かばかり人の声が止んだような気がした。
「うるさい。うるさいうるさいうるさい! これじゃ届かないじゃないか。姉さんに気づいてもらえないじゃないか!」
ビャクヤの怒りは止まらない。ここにいる者全員が、笑いあって楽しそうにしているが、その様子を見るだけでビャクヤの怒りは増幅した。
息を切らせながら大声を上げつつ、ビャクヤは思う。
ビャクヤを奇異の目で見ている、もしくはじっくり見ないまでも一瞥をくれる者は、数えきれないほどにいる。
中には犯罪行為に及んでいる不良の一味すらもいる。
これだけの人間がいるというのに、何故姉さんだったのか。何故姉さんが選ばれてしまったのか。
「どうしてお前らみたいなのが生きているんだ!? お前らが代わりに死ねばよかったんだよ! こんなクズども一人消えたところで誰も悲しまないだろ!」
ビャクヤの狂気に、訳の分からない恐怖を感じ、ビャクヤを見ていた者たちはそそくさと立ち去っていった。
ビャクヤの状態は、通り魔殺人でもしでかそうかというものだった。それ故に余計な被害を被らないように逃げていったとも言えるかもしれない。
「はぁん、クズどもねぇ……」
オヤジ狩りをしていた不良は、ビャクヤの言葉が癇に障り、掴んでいた中年のネクタイを離した。
「ひ、ひいいい……!」
解放された中年は、今だとばかりに走り去っていった。
不良の一味の標的は、ビャクヤへと変わった。大体七、八人の不良たちがビャクヤを囲んだ。
「オレらがクズだっていうの? まあ、間違っちゃいないと思うけど、お前みたいなガキに言われると、さすがに傷つくんですけど」
「あーあ、こりゃ、ブジョクザイってやつじゃないの?」
「イ・シャ・リョ・ウ、払ってもらえる?」
不良たちはビャクヤへと詰め寄る。
「なんだお前ら。僕は今忙しいんだ。姉さんがこの街のどこかで僕を待っているんだ。早く見つけに行くんだ。そこをどけ!」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac- 作家名:綾田宗