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BYAKUYA-the Withered Lilac-

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 複数の不良に囲まれても、ビャクヤは怖じる事はなかった。
「だったら、慰謝料、そうだなぁ……。メンドイから有り金全部、置いてってくれる?」
「ふん。付き合ってられないね」
 ビャクヤは不良の間を突き進もうとした。
「待てや、コラァ!」
 不良はビャクヤの襟を掴んだ。
「止めろ。服が破けるだろ!」
 背後から掴まれているため、ビャクヤは振り払えない。そこへもう一人ね不良がつかつかと歩み寄っていく。
「ほら、暴れるなっての!」
 至近距離まで近づくと、不良はビャクヤの腹に拳をいれた。
「ぐほっ……!」
 不良の拳はビャクヤのみぞおちに入り、ビャクヤは一瞬息ができなくなった。
「ごほっ……ごほっ……!」
 急所に強力な一撃を受け、ビャクヤは悶絶した。そこへ更に不良が一人近付き、ビャクヤのズボンのポケットをまさぐった。
「はあ? なにこいつ、何も持ってねぇぞ」
「んだよ、こんなループタイなんかしてるからどっかのボンボンかと思ったのによ!」
 ビャクヤはここへは、姉さんに会いに来ていた。それはつまり、方法はなんであれ死ぬつもりだったのだ。そのような人間が財布などを持ち歩いているはずがなかった。
 しかし、姉さんが去年の誕生日にプレゼントしてくれたループタイだけは、あの日からずっと身に着けていた。
「あーあ、時間の無駄だったなぁ。マジでムカつくわー。せめてコイツボコってかね?」
「いいねー、じゃあまずはオレから!」
 不良のグループは、ビャクヤを集団リンチすることにした。
「がっ! ぐっ! うう……!」
 ビャクヤは殴られ蹴られ、踏みつけられたりと一方的に暴力を受けた。
 何発も殴られているうちに、ビャクヤは痛みを忘れていった。そして同時に、このまま死んでしまえればいいと思い始めた。
「おい、その辺にしとけ」
 不良のリーダー格の男が不意にリンチを止めさせる。
「そのまま殴り殺したらパクられんだろ。オレが止めを刺してやるよ。この能力(ちから)でな……」
 ずっとビャクヤが殴る蹴るの暴行を受けているのを、座って傍観していた不良のリーダーが立ち上り、歩き出した。
 手下たちはリーダーに道を譲る。
「リーダー、あれをやるんだな」
「リーダーの不思議な力なら、証拠が残らないしな」
 やがて不良のリーダーは、手下たちに押さえ付けられ、地にうつ伏せになったビャクヤの所まで近寄った。
 そして、ビャクヤの髪を鷲掴みにし、無理やり顔をあげさせる。
「……っく……!」
 ビャクヤは、顔の傷口から血が眼に入り、不良のリーダーの顔をはっきりとは見ることができなかった。
「小僧、冥土の土産だ。オレの能力でぶち殺してやるから感謝しろよな?」
 次の瞬間、不良のリーダーの爪が、ナイフのような鋭利なものに変化した。
 ビャクヤは、呆然とした意識のまま、己にやって来るであろう死の予感を感じた。
「くたばりな!」
 ナイフになった爪が、ビャクヤの首をかっ切ろうとしたその時だった。
「そこで何をしている!?」
 喧騒の中でもよく通る声がした。
「複数の少年らを確認。暴行を受けたと思われる被害者一名。至急応援要請、並び救急手配を要請する」
 無線機を通したノイズまみれの声が「了解」と応答するのが聞こえた。
「サツだ!」
「クソがっ! 誰か通報しやがったな。おい、テメーら、ずらかるぞ!」
 警察がやって来たのを確認すると、烏合の衆としか言えないような不良のグループが、まるで訓練された軍隊のようにすぐに撤退を始めた。
「待て! くそ、君は要救護者を。私は奴らを追う!」
「了解!」
 逃げていく不良のグループを一人の警官が追い、もう一人は地に伏すビャクヤの救助に当たった。
「君、大丈夫か?」
「……ぐぐっ!」
 ビャクヤは身体中の痛みに喘ぐ。
「意識はあるようだな。立てるか?」
 ビャクヤの救護にあたる警察官は、手をさしのべる。
「……うるさいっ!」
 ビャクヤは這い起きながら、警察官の手を振り払った。
「なっ!?」
「どうして邪魔をするのさ。もう少しで僕は姉さんに会えた。そのはずなのに……!」
 警察官はビャクヤが何を言っているのか、意味が分からなかった。
「お姉さんを捜していたのかい? だったらお姉さんの特徴を教えてくれれば、すぐに捜索届けを……」
 警察官は少し考え、ビャクヤが姉を捜している途中で不良に襲われたのだと推測した。
「……姉さんはここにはいない。誰にも見つけることはできないんだ。僕が逝かなきゃ。姉さんには会えない……」
 鈍痛に耐えながらビャクヤは立ち上がる。
「ちょっと君、そんなフラフラな状態で立ったらダメだ! 救急車が来るまで大人しく……」
 ビャクヤは血走った目で警察官を睨んだ。
「うるさいうるさいうるさい。うるさいんだよさっきから! お前ら警官がしっかりしてれば姉さんはあんな目に遭わずにすんだんだよ! この無能な警官が! どうして姉さんを助けてくれなかったんだよ!」
 ビャクヤの言葉は最早、常人には理解しかねる支離滅裂なものになっていた。
 故に唐突に、当たり散らすかのように怒鳴ってきたビャクヤに、警察官は何も言葉が返せなかった。
「……姉さん。もうちょっとだけ待っててね。すぐに会いに。逝くからさ……」
 ビャクヤは街の暗い、裏道の方に向かって歩き出した。
「あっ、待って。君……」
 ビャクヤは、まだ用があるのか、とばかりに警察官を睨んだ。その眼はすっかり濁りきっていて、生きた人間のものとは思えないほどだった。
 警察官は、ビャクヤのえもいわれぬ不気味さに完全に圧倒され、何もできずに立ち尽くすしかできなかった。
    ※※※
 街から離れ、街灯がぽつぽつと灯る暗い道。ビャクヤは闇の中をあてもなく歩いていた。
 人々の声や、店の大音量の音楽もなく、小さな風の音だけしかしない、静かな道を進んでいく。
 先ほど街で暴行を受けたときの傷が痛む。しかしそれでも、ビャクヤは歩み続けた。
 目指す先などない。ただまっすぐに歩み、暗闇の深みに入っていくだけである。
 歩きに歩いて、歩けなくなったとき、その時どうするのか。それは決めていない。歩けなくなったときに、考えればいいのだから。
「はあ、はあ……もう。どのくらい歩いたかな。全身が痛いや……」
 ビャクヤの体力は、早くも尽き始めていた。
「はあ……もう動くのもダルいな……どうしよう……」
 ビャクヤは立ち止まり、辺りをそれとなく見回す。
 ビャクヤは街からだいぶ離れた。街灯もほとんど意味をなさないほど暗い場所までやって来ていた。
――不思議だな。いくら街から遠く離れたと言っても。こんなに辺りが暗いなんて……――
 おまけにビャクヤは妙な感覚に陥っていた。
――なんだか代わり映えしない景色が続いているような。そんなまさかね――
 人知れぬ山奥ならばいざ知らず、住み慣れた街だというのに、同じ場所をぐるぐる回っているような気がしたのである。
「あはは……迷子になった姉さんを捜して僕が迷子になるなんて。しかも住んで長い場所でだよ? あははは……おかしいったらないね」
 ビャクヤは自虐的に笑う。
「はあ……」
 異様なまでの疲労感が、ビャクヤを襲う。
「疲れたな……」
作品名:BYAKUYA-the Withered Lilac- 作家名:綾田宗