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MIDNIGHT ――闇黒にもがく1

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 いつしかそう呼ばれることが魔術協会内では普通になっていた。
 “人類悪・エミヤシロウ”とは、数年前から魔術協会が調査をしている案件だ。
 この件は特殊案件とでも呼ぶべきなのだろう。
 誰もが知っているが、誰も手をつけない。たいして緊急性もなく、注目されるような事案ではなかった。時折、議題に上るものの、確かな手を打つでもなく、長く魔術協会はこの件を静観し続けていた。だが、ようやく本格的な調査を開始してみると、魔術協会はエミヤシロウの名を思わぬところで発見する。
 第五次聖杯戦争の覇者・遠坂凛の同級生だったというのだ。
 すぐさま、極東支部へ連絡が入り、支部長であるワグナーは対応に追われた。彼女の証言から、高校時代の資料を取り寄せ、調査を進め、彼が冬木市に籍を置いているということまでは簡単に調べがついた。
 問題はその後だ。成人したエミヤシロウは、海外で活動するボランティア団体に所属していて、その所在がすぐには確かめることの困難な状況であった。
 それでも、協会のネットワークを駆使し、どうにか情報を得て、現在の動向と顔写真を取り寄せることに成功した。
 だが、彼は、協会が危惧したような人物ではなく、何ら不審な点のない報告書から、善良な青年であること以外は何もわからなかった。
 別人なのか、とワグナーは肩を落としたものの、念のために、彼の追跡調査はいまだに続けられている。
 また、ワグナーは遠坂凛へ直接の聞き取り調査を行っていた。
 今現在、彼女は魔術協会のトップクラスの魔術師として勤勉に働いている。
 彼女のエミヤシロウに対する評価は、およそ“人類悪”などということに無縁な人間、だそうだ。
 そして、高校を卒業してからは彼と会ったためしはなく、今、彼がどこで何をしているかも知らないということだった。
 だが、エミヤシロウという名は、魔術協会に保管されている、いくつもの古い文献に残っている。
「彼女の言葉が嘘か真実かなど……、どうでもいい」
 遠坂凛の同級生だったというエミヤシロウに関わりがあるのかないのかは、こちらで判断することだ。
 たとえ、優秀な魔術師・遠坂凛の意見だとしても、協会の上層部に満場一致で人類悪だと断定されれば、それなりの処分をせざるをえない。
 遠坂凛は高校以来エミヤシロウと関わりがない。であれば、立場があるものとして、彼女の言よりも信用すべきは、古(いにしえ)と呼ばれる頃から残っている、エミヤシロウと名乗る者が人間を殺し尽くしたという案件――――近年になるほどに増えていく見過ごせない案件の方だ。
 いまや“エミヤシロウ”とは、魔術師たちの中で、人類悪の象徴とされる名で知られている。
 その悪逆の徒を捕らえた魔術協会の極東支部長・ワグナーは、その栄誉に与ることよりも、正直、ほっとしていた。……していたのだが、何故か心苦しい。
「僕は何を、甘いことを……?」
 罪人に同情などしている場合ではない、と自身を奮い立たせ、机に置いたままの書類に向かう。
 そこに記されているのは、“封印指定”の文字。
 それが罪人に課せられた罰である。
 ただし、封印指定は無期限ではあるが、処せられた者には、多少の自由が許される場合もある。閉じ込めておくだけではないのだ。そのため、どの程度の封印かを決定する、見極め、という検査時期が設けられている。今はその期間だ。
 エミヤシロウは、この極東支部で一時預かりという状態である。そして、検査というのは、魔術協会にとって有効か無効かを見極めるためのものだ。
 魔術を使えないように枷を嵌め、その能力を見極め、有効であれば従わせ、不要であれば廃棄。
 いずれにしても、罪人に明るい未来などない。人類悪を地で行く者に同情の余地などない。
 ただ、ワグナーは気の毒だと思う。
 どんな罪を犯していたとしても、人である以上は人権というものが存在し、罪人であれど、その権利を奪うことなど許されないという考えを持っている。
 博愛主義者だと揶揄されることが幾度もあったが、ワグナーはいつも性分だと言って笑って済ませていた。
 “ほんっと、損な性分だよな、お互い”
 不意に脳裏に思い起こされる声。
「…………」
 誰だったのだろうか、と思い出そうとしてもその面影は浮かばない。
「誰かが……」
 いつもワグナーの執務室を訪れていた者がいた気がしている。その者は部下であり、友人でもあったような……。
 靄の向こうのような判然としない記憶に、ワグナーは軽く頭を振り、要らぬ感情を振り払った。



「この施設の地下へ収容する」
 静かな、何の感情も含まない声でワグナーは告げる。
 隻眼の罪人はじっとワグナーを見つめ、こくり、と頷いた。
「一つ、訊いても、いいか?」
 伺いを立てられたことに驚いたのをひた隠し、ワグナーは応じた。
「この世界は、今、どうなってる?」
 思いもしない問いかけに、ワグナーはあからさまに顔をしかめた。何を言っているのか、と疑問しか浮かばない。
「どうなっているか、など……、君が知る権利は、」
「教えてくれっ! 世界は! この世界に、人間は何人いる? 住める土地は? 争いは?」
「そ、そんなことを、聞いてどうするつもりだ」
「何もしない! どのみち、俺はここから出られないんだろ! だったら、聞かせてくれてもいいだろ!」
 必死に言い募る罪人に、ワグナーは根負けしたように小さく息を吐いた。
「世界の人口は、およそ八十億人。紛争は絶えることはないが、世界規模の飢饉にでもならない限り世界大戦などは起こらずに済む程度に成熟した国々が地上を覆っている。君が悪さをしない限り、人類はまだまだこの星で繁栄を続けるだろう」
 隻眼を見開き、やがて罪人はほっとしたように頬を緩めた。
「そうか、よかった……」
「っ……」
 ワグナーは、胸の疼きに戸惑った。
 おとなしく連行されていく背を見送る。
「なん……だったんだ……?」
 不可解な自身の揺らぎを感じて、ぽつり、と呟いた。


「どうだ? おかしな動きはないか?」
「はい、ありません」
「そうか」
 報告に来た部下を下がらせ、ワグナーは背もたれに身体を預けた。
「エミヤシロウ……、人類悪の象徴……か」
 語り継がれた夢物語のような話だ。
 古い文献によれば、“それ”は人間を殺し尽くした、とあった。
 黒い身体に赤を纏い、その姿は、悪鬼のごとくと記されている。
 その殺戮から逃れた一握りの者たちが語り継いできた人類の敵とも呼べる、人間の形をした悪魔は、いついかなる時代にも現れ、人々を殺し満足するまで止まらないのだという。
 多かれ少なかれ、伝承というものは脚色がつく。噂とは尾ヒレをつけて、まことしやかに語られていくのが常だ。
「黒い身体に、赤を纏う……。どういう姿だ……」
 呆れ半分で苦笑い、ワグナーは予言書なるものの複写を手に取る。
 この予言書が書かれたのは十七世紀初頭。科学的な検査をして、この予言書なる一枚の羊皮紙とそこに使われたインクは、その当時の物だと証明されている。
 そこには、確たる予言が記されていた。
「2015年にエミヤシロウは必ず現れる、と言い、消えた……、か……」